chapter.4



 流れる景色は、生い茂る木々と流れる川。そして切り開いた道を補強するコンクリートで構成されている。ハンドルを握るケイオスは、対向車の来ない山道を軽快に降りていく。とても数分前に初めて車に触れたとは思えないほどだ。

 彼の持つ能力ならば、どこへでも瞬時に移動できるため、自動車など触れたことが無かった。だが、短い距離ならともかく、数十kmの長距離を移動するとなると、普通の人間であるマスターの肉体が耐えられない。ということで、普通の移動手段である車を使うことになったのだ。

 車の方は、シズマが提供した。ケイオスはこの車の外見をいたく気に入ったようで「いい趣味をしているな」などと言っていた。運転席に座った彼に、エリは一通りの操作説明をする。それを聞きながら、ケイオスはハンドルやギシフトレバー、クラッチ・アクセルペダルなどに触れていた。

 一通り聞き終えて「成る程」と呟いたケイオスは、エンジンを起動し、ギアをローに入れて車を発進させた。直線距離をシフトアップしながら進み、加速する。そして走行路面が尽きようとしたところで、彼はクラッチを切った。何をするかと思いきや、カウンターを当てて思い切りハンドルを切り、サイドブレーキを引いた。車は金切り声を上げて大きく旋回し、百八十度回転して止まった。俗に言うスピンターンというやつだ。

 エリとシズマは眼を丸くしてそれを見た。無論、初心者のできる行為ではない。当の本人は「なかなか面白い機械だ」などと呟いていた。どうやら彼は、口頭で伝えられたものと実物に触れた情報だけで、車の運転技術を身に付けてしまったらしい。でたらめもいいところだ、とエリは溜息をついた。

 まぁそんな無理苦茶をしてくれるケイオスのおかげで、こうしていられるのも事実なので、エリは少しだけ彼に感謝した。

「マスター、これからどこへ向かうのだ?」

 そんなことを考えていると、ケイオスが進行方向を見ながら聞いてきた。

「特に行き先は決めていないが……そうだな。君の監視と撒き餌を兼ねるわけだから、一般人に迷惑のかからない場所に住居を構えるべきだろうな」

 幸いにも、エリが軍属時代に受け取っている報酬はほとんど手をつけていないので、土地を買い取る金額くらいはあった。しかし、住居の建築費等々の経費を考えると、手持ちでは限界がある。どうしたものか、と思案していたが、エリはふと思いついた。

「ケイオス、いくら君でも家を建てたりはできないよな」

 我ながら馬鹿なことを聞いているな、と彼女は思った。ケイオスはギアを落として減速しながら答える。

「可能だ」

 さらりと言う。

「……だが、我には建築というものの知識が無い。書物か何かで知識を吸収することが不可欠だ」

 車の運転も即座に覚えた彼のことだ。本当に出来るのだろう。

「…………そうか」

 冗談のつもりで聞いたエリは、形容しがたい微妙な表情で窓の外へと視線を投げた。

 本当に無茶苦茶な男である。

「……なら、まずは本屋に寄ろうか」

「了解した、マスター」

 彼の返事に、エリは深い溜息をついた。精神的に疲労した体をシートに背中を預けて、視線を上へと向ける。屋根の無い広々とした視界には、薄く雲がかかった青空が見えた。気を緩めたせいか、睡魔が彼女の瞼を重くする。指で目を揉みほぐしてみるが、眠気は晴れそうになかった。

「…ケイオス。私は仮眠をとらせてもらう。しばらくしたら起こしてくれ」

 彼の返事を待たずにエリは瞳を閉じる。遅れて「了解した」という返事が聞こえた。

 聴覚に風の音を、触覚で太陽の温もりを感じながら、エリは深い眠りへと落ちていく。普段より精神を張り詰めていた時間が長かったせいか、思った以上に疲労しているようだ。とろけるような感覚と共に、意識が沈静しようとしていた。

(…………?……)

 まどろむ意識の中、彼女は頭の片隅に何かを感じた。断定は出来ないのだが、何かがあるという漠然とした感覚。虫の知らせ、というやつかもしれない。気のせいかとも思ったが、どうにも不吉な予感を拭いきれず、エリは【インサイド】を発動させた。

 自分がいる場所を中心として、三原色に統一された二次元世界が、映像として表示される。通常【インサイド】の映像は半径500m内で表示されるのだが、彼女は能力の有効範囲をさらに広げた。こうすると映像の鮮明さは落ちるが、知覚できる範囲を3km内までに広げることができる。

 彼女の予感は的中する。【インサイド】の二次元映像に、こちらに接近する緑色の物体が表示されていた。彼女は跳ねるようにして起き上がり、意識は瞬時に睡魔を吹き飛ばす。

「ケイオス、後方から何かが迫ってきている。認識できるか?」

 唐突と言えるエリの言葉にケイオスは少しだけ驚いたが、その顔つきが真剣そのものであることに気づき、すぐさまその命令を行動へと変換した。聴覚を極限まで研ぎ澄まし、はるか後方の音を聞き取る。

「ローター音が響いている。一機のヘリがこちらへと向かっているな」

「……私達とは無関係に、任務で出動しているということも考えられるが、このタイミングというのは都合が良すぎるな」

「追手か」

 エリは無言で頷く。周囲を見渡して状況を確認すると、軽い舌打ちをした。

「遮蔽物が無さ過ぎる。追いつかれたら圧倒的にこちらが不利だな」

「大方、あの蛇男の差し金だろう。こちらが白旗を上げたくらいでは許してもらえないだろうな」

 表情を変えないままエリが肯定する。そのことがケイオスは少し気にかかったが、詮索はしなかった。余計なことを考えている暇は無いと判断したからだ。

 エリは指先を眉間へと移動させる。再び【インサイド】を発動し、周囲の状況を探り始めた。緑の光点として表示されるヘリは、着々とこちらに近づきつつある。しかし、彼女が見ていたのはそれではなかった。能力を解除し、彼女が瞳を開く。

「ここから3km先に工場がある。記憶が正しければ現在は稼動していない廃工場だったはずだ。そこまで逃げ切るしかないな」

 打開策の一つを見出したエリに、ケイオスは低い笑いで答えた。

「その距離をヘリ相手に逃げ切れというのか。我がマスターながら、随分と無茶を言ってくれるものだ」

 弱気とも取れるその発言に、エリは皮肉げにこう言い返した。

「おや、無茶は君の代名詞だったはずだが?」

 ケイオスはわずかだが目を丸くして、微笑を浮かべたエリの顔をみた。そして突然、堰を切ったように笑った。その顔は歓喜の表情だった。笑うのを止めたケイオスは、歯を剥き出しにした獣のような笑みでハンドルを握り直した。

「マスター、振り落とされないようにな」

 一言だけの警告をしたケイオスは、アクセルを床まで踏み込んだ。エンジンが唸りを上げ、タイヤが路面に食い込み加速する。スピードが乗ったところでさらにギアを上げ、更なる加速を促す。あきらかなオーバースピードと思える速度で、車はコーナーに突っ込んでいく。ケイオスはブレーキと同時に高速でギアを落とし、過重を前へと移動させて車の後方を滑らせる。スキール音を奏でてドリフト走行へと移行した車は、ガードレールに接触する寸前でコーナーを抜けていった。

 直線へと抜けて再び加速する。またも無謀とも思える速度でコーナーに向かうが、ケイオスは神業ともいえるドライビングテクニックで、驚異的なスピードを維持したままコーナーを抜ける。一歩間違えれば投身自殺という危険な走行だったが、ケイオスにはそんな感情など一切無く、むしろスリルを楽しんでいるような笑顔が浮かんでいた。

 だが、どれだけ運転技術が高かろうと、曲がりくねった道を走る車と、遮るものの無い空を走るヘリとではどちらが速いか。考えるまでも無いことだった。

 エリの耳に聞こえた。連続して響くそれは、空気を切り裂くプロペラの音。背後を振り返った彼女は山間を飛ぶそれを発見する。高速走行を続ける車を追跡する漆黒のヘリだった。彼女は小さな舌打ちと共に苛立ちを吐き捨てると、指先を額に当てて瞳を閉じる。【インサイド】の視点で目的地までの走行距離を割り出し、車とヘリの速度を比較。ヘリの攻撃射程に入るまでに進行できる距離を目算した。エリが目を開く。

「このままの速度を維持すれば、ヘリの有効射程に入る前に目的地へと到着できる」

「成る程。つまり速度を落とした瞬間、我々は蜂の巣にされるということか」

 ケイオスは今の危機的な状況に相応しくない表情。つまりは満面の笑みを浮かべた。

「素敵だ。全く素敵なことだ」

 愉悦を顔に刻んだまま、もはや人間では到達できない速さでケイオスは峠を下る。異常な速度ゆえに、コーナーを抜けるたびに臓器を引っ張られるような感覚がエリを襲う。常人ならとうに気絶している状況に彼女が耐えられているのは、ひとえに鍛え抜かれた肉体と精神のおかげと言えた。

(そろそろだ……)

 横に流れる視界でエリは見つけた。雑木のみの色彩で構成されていた景色の中に、異質な灰色。すなわち廃工場の景観だ。

「見えたぞ」

 その言葉に、ケイオスは過剰なアクセルで答える。もうほんの数秒で着く。エリは張り詰めていた神経を緩めた。

 それが致命的な油断だった。気を抜いたその瞬間、背筋の凍る感覚と共に振り向く。ヘリの側面から体を乗り出している影が、逆光の中に見える。その影の手に握られているのは、長距離狙撃用ライフル。エリが警告するその前に、発射音が耳朶を打った。

 強烈な破裂音が響き、オープンカーのリアタイヤが打ち抜かれる。高速走行中の車体がバランスを失い蛇行し、直進すらできない状態に追い込まれた。だがケイオスは、こんな状況を楽しんでいるかのように、満面の笑みを浮かべていた。ケイオスはこの状態で車を停止させれば蜂の巣になると察し、ブレーキを踏もうとせずハンドリングとアクセルワークだけで、壊れそうな勢いで振動する車を、廃工場に続く道路へとねじ込む。そのまま直進して遮蔽物となる建物の影へと入ったとき、彼はようやくブレーキを踏んだ。

 

 

 オープンカーのタイヤを狙撃したマナトは、車が廃工場へ逃げるのを確認すると、ライフルを置いた。彼の腕ならば搭乗者を狙うことも不可能ではなかったが、相手の不意をついた一撃では一人を殺すのが限界。なにより、あの【インサイド】能力を持つ朱鷺峰エリに対して不意打ちが成功する確率は極めて低く、なにより狙撃を警戒されれば危険を覚悟で森の中に入り込まれる可能性もある。ゲリラ戦に持ち込まれればこちらが圧倒的に不利。捜索することなど不可能だろう。だからこそ、真っ先に「足」を破壊し、そのうえで追撃する手段を取ったのだ。マナトはもう一度自分の装備を確認すると、ヘリの操縦者へと告げる。

「降下しろ。逃亡者の二人をここで仕留める」

「……不可能です。周囲に着陸できるスペースはありません」

「なら、単独で着陸する。その後に速やかに戦域を離脱しろ。目標を始末したら連絡を入れる。それが無ければ部隊を連れて三十分後に回収しろ」

 あまりにもよどみなくそう言われて、操縦者は一瞬耳を疑った。だがすぐにその発言の危険性に気づく。

「ここは地上三十メートルですよ!? 降下用のロープも搭載されているものは二十五メートルまでしか――」

 そう忠告する間に、マナトはすでにヘリからその身を投げ出していた。

 片手で降下用のロープを握り、勢いよく地上へと落下していく。ほぼ自由落下に近いスピードだ。特殊な繊維で編みこんである手袋はすり切れる事はないものの、摩擦熱は防げない。しかしマナトは表情の一つも変えていなかった。そのまま彼の体は地上へと近づいていく。彼はロープが無くなろうとする数秒前、右手でロープを強く握り落下速度を少しだけ落とすと、地上五・六メートルという高度でロープから手を離した。

 重力に身を任せて、マナトの体が落下する。端から見ればそれはただの投身自殺だ。だが当の本人は顔色一つ変えていない。それは、彼自身がこの状況を全く問題にしていないからだった。

 マナトは地面に爪先から着地し、体をひねりつつ腿の外側を接地させる。そのまま体を回転させて、太腿、臀部、背中、そして肩へと衝撃を分散させて立ち上がる。落下の衝撃を吸収してしまう「五点接地」という着地方だ。だが地上五メートルという高度と、ヘリからの降下中という最悪な条件の中、これを成功させるのは、神業を超えて異常としか言いようが無かった。

 それでも一切の表情を変えない彼の顔は、さながら仮面のようだった。

 マナトはホルスターからハンドガンを抜き放ち、だらりと両手を弛緩させたまま足を進める。視線の先には、廃墟と化した工場の壁。そこはケイオス達の車が逃げ込んだ場所だった。彼の立場はさしずめ、逃げ込んだ獲物を追い込んでいく狩人だろうか。

 だが、獲物は自らその姿をさらした。

 廃墟の影から姿を現したのは、闇色のコートに包まれた金髪。ケイオスの長い髪の影から覗く赤い瞳は、ひどく楽しそうに彼の姿を見つめた。マナトはその視線を受けても表情一つ変えない。いや、変化はあった。二丁のハンドガンを持つ手を握り直す。それはマナトが眼前にいるケイオスが、この任務において排除すべき、最大にて最強の要素であることを認識した証でもあった。

 

 

「本当に、人間というものは未知の塊であることを再認識させられたよ、マスター」

 ケイオスはエリと共に廃墟の影からヘリの様子を覗いていたわけだが、単独でヘリから飛び降り、五メートルの高さから難なく着地したマナトを見て、さすがに驚きを隠せなかった。だが、エリの様子は違った。まるでそれが当然といわんばかりに、神妙な面持ちでマナトを見ていた。そのことをケイオスは不思議に思う。だがそれを些細な問題だと解釈したケイオスは、マスターの安全を第一と考え、目前の襲撃者を殲滅するべく一歩を踏み出そうとする。

 その背に、エリの言葉が投げられた。

「気をつけろ、ケイオス」

 ケイオスは一瞬だが、その言葉の意味を理解しかねた。彼にとって人間というものは感嘆するに値しても、脅威と呼べる存在ではないからだ。だからこそすぐにエリの言葉の意味を理解できなかった。

「あの男を知っているのか、マスター?」

 エリは無言で肯定する。

「【夜烏】は総勢500以上の兵士がいるが、その中でも最強と称されるS級のエージェントが三人存在している。そしてその三人には特別なコードネームが付けられた」

「私のSWORD OF QUEEN=@砲弾の飛び交う戦場ですら傷一つ負わずに一個中隊を単独で沈黙させたというSILENT OF KING=c……」

 エリの瞳が、マナトの姿を捉える。

「そして彼、SMILE OF JACK$_威マナト。対人戦闘における殲滅率100%の殺人機械≠ニ称される男だ。」

 彼女の真剣な表情は、それが虚偽でも誇張でもないことを如実に物語っている。その言葉に何を感じたのか、ケイオスはこちらに歩いてくるマナトを覗き見る。そして納得したように、にやりと微笑んだ。

「成る程、いい目をしている。とても人間らしくない瞳だ。だが惜しむらくは、それが生来のものではないという所か」

「……どういうことだ」

「奴は造られた=@そういう意味だ。殺人機械とはよく言ったものだな」

 彼の言葉を解釈するならば、神威マナトという男は、生まれついての殺人者ではなく、造られた殺人者だということだ。推測するならば、徹底した洗脳で自己を崩壊させられ、殺戮という一部分にのみ特化した人間に変化させられたということなのだろう。

 そう思考したエリの脳裏に、ある光景が浮かんだ。

 彼女は過去の任務で一度だけ、神威マナトと組んだことがある。その時エリはマナトの手腕を目の当たりにした。人間の卓越した技というものは、自然と感嘆や驚愕を呼ぶものであるが、マナトのそれは違っていた。一切の無駄を省いた思考。正確無比な攻撃。そして予定調和のように攻撃を寄せつけない体術。それ自体はまさに芸術と呼べるほど素晴らしいものだったのだが、彼女はそれに対し、どこか不気味なものを感じずにはいられなかったのだ。

 今ならその理由が分かる。彼は本当の意味で機械なのだ。自らの意思で動くのではなく、プログラムされた内容に従い、肉体を動作させる。その動きには人間の意識が宿らない。彼女はそれを無意識に感じ取っていたのだ。

「さて、人形は私をどこまで楽しませてくれるのかな」

 愉悦に満ちた顔でケイオスが進みだす。エリはそんな彼をそのまま見送ろうとした。だが、そんな自分の意志とは裏腹に、彼女はケイオスを再び呼び止めていた。

「彼を殺すな」

 再び歩みを止めるケイオス。彼は先程と同じように彼女に振り返ったが、その瞳が違っていた。炯々と輝くその紅瞳が、無言の圧力を放ってくる。精神を食いつくしそうな魔眼をエリに向けて、ケイオスは一言だけを呟いた。

「理由を聞こうか、マスター?」

 当然の詰問だったが、それを教えて欲しいのはエリも同じだった。なぜ自分がそんなことを言ったのか理解できない。すこし時間が必要だったが、彼女はその理由に気づいた。きっかけはケイオスの言葉だった。神威マナトを指した人形≠ニいう言葉。

 エリもまた、人形だった。自由意志をもたずに、与えられた命令を確実にこなすだけの人形。しかし、人形としてのエリの振る舞いは、自分を救ってくれた人の恩義に報いる為であり、明白な意思の下に行われている行動だった。マナトにはそれが無い。二人の決定的な違いがそこだった。

 エリが彼に対して抱いた感情は、哀しみだ。なまじ自分が近い存在だったからこそ分かる。だがそれをケイオスが認めるかは、全くの別問題だ。

 だからエリはケイオスにこう答えた。

「私が彼を殺したくないと思っただけだ。それ以上でもそれ以下でも無い。だが君なら、殺さずに制圧するくらいは簡単だろう?」

 自分に絶対の自信がある人間には、自尊心をくすぐる言い方が非常に効果的だ。エリがこれまでの言動から察したケイオスとの接し方の一つだった。

 事実、ケイオスは困ったふりをしながらも、堪えきれないという風に笑みを刻んだ。

「マスターは下僕を追い込むのがお好きなようだな」

 低い笑い声を漏らしながら背を向けるケイオス。その歩みを、もうエリは止めなかった。

 廃墟の影から姿を見せたケイオスが、既に臨戦体勢にあるマナトに悠然と歩を進めていく。四歩ほどの間。近すぎず離れすぎない、そんな距離で彼は足を止めた。

 二人の視線が交錯する。ケイオスの魔眼は炯々と輝きマナトを見るが、対する彼に変化は無い。だがそれは当然のことだ。人間的な反応を期待してしまったケイオスは、そんな自分を鼻で笑いながらマナトに告げた。

「互いに、言葉は必要なかろう」

 ケイオスが右手を振るう。手首を拘束していたベルトが外れ、瞬時に硬質化し、極薄の刃を持つ長剣へと変化する。出来具合を確かめるように刃を振るい、風切り音を響かせる。満足したのか、薄く口元に笑みを浮かべたケイオスは、刃の切っ先をゆっくりとマナトへと向ける。その動作がスイッチとなり、マナトはそれが起動の合図であるかのように呟いた。

「戦闘開始」







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