UNDER HEAVEN 004 -break-



 人気の無い、裏路地の奥にその店はある。

 嫌がらせのように十三段ある階段を下りて、見える扉の上には「UNDER HEAVEN」というネオンがある。

 

 だが今夜は、この扉を開く者は居なかった。

 

 

 カウンターに向かい合っている男女は、ここの従業員である。

 剃髪の男、御堂慎がカクテルを作っている。その真向かいに座った燕尾服の女、伊万里・崇子・ミリシアは、目を瞑ったままその音を聞いている。

 彼女の目の前に、淡い色のカクテルが差し出される。

「ミリシアさん、どうぞ」

 彼女はは目を開けないまま、そのカクテルの香りを確認し、そして一口を含んだ。

「……ウォッカ、ピーチリキュール、アマレット、生クリーム………」

 ぶつぶつと呟くその言葉に、御堂が冷や汗を流す。

 にこっと笑いながら、ミリシアが目を開いた。

「ルルド、ですね」

 御堂は溜息と共に肩をすくめた。

「また当てられてしまいましたか。貴女の舌には恐れ入りますね」

「御堂さんの作るカクテルが正確だからですよ」

 邪気無く笑う彼女に、御堂は微笑んで

「今度からは少しアレンジを加えるべきですね」

 と言った。

 

「あれ、そういえばマスターは?」

「先程までそのあたりに居ましたけどね…」

 二人は店のオーナー、八神遥の姿を探すが、どこにも居ない。ミリシアは椅子から降りると、遊具の並ぶ店の奥へと進む。

「あ、いた」

 探していた人物は、ビリヤード台の上に腰掛けていた。右手には深い青色をしたカクテルがあった。

 呼びかけに気づいた八神は、にっこりと微笑む。

「ヤァ、どうしたんだイ、ミリシアちゃん」

「いつのまにか居なくなってましたから、探したんですよ。なにしてるんです、ここで」

 問いかけに対して、彼は右手のグラスをふらふらと揺らす。

「一人で飲みたい時もあるのさ」

 いつものおふざけは消えて、ひどく真面目な表情で呟く。だがミリシアの反応は冷ややかだった。

「似合いませんよ、それ」

 その言葉に、ガックリと肩を落とす八神。

「アア、せっかくクールに決めたのに、台無しっぽいじゃないカ」

 そういいつつカクテルを含み、顔を上げる。

「まぁ、今のは冗談。本当はオリジナルのカクテルを試してたんだヨ」

 その言葉に、ミリシアの顔が輝く。

「そうなんですか? 私にも飲ませてくださいよー」

「いいヨ。間接キッスでよければネ」

 そういうと八神はグラスを渡す。

 ミリシアは味を確かめるようにゆっくりとそれを含む。

 静かで冷たい色彩の中は、完全燃焼する炎のような度数の高いカクテルだった。

「ダブル≠チていうンだ。トモダチをイメージしたカクテルだよ」

「へぇ…美味しい」

 何度かそのカクテルを味わった後、ミリシアは八神にグラスを返した。

「会ってみたいですね、その友達に」

 八神はミリシアに微笑む。

「きっと仲良くなれルと思うヨ」

 そういって八神はダブル≠飲んだ。

 

 


一夜の物語四話。
 
お客が来ない日はこうしてゆるやかな時間を過ごしております。
ああ、バーって素敵空間。







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