嫌がらせのように十三段ある階段を下りて、見える扉の上には「UNDER HEAVEN」というネオンがある。
だが今夜は、この扉を開く者は居なかった。
カウンターに向かい合っている男女は、ここの従業員である。
剃髪の男、御堂慎がカクテルを作っている。その真向かいに座った燕尾服の女、伊万里・崇子・ミリシアは、目を瞑ったままその音を聞いている。
彼女の目の前に、淡い色のカクテルが差し出される。
「ミリシアさん、どうぞ」
彼女はは目を開けないまま、そのカクテルの香りを確認し、そして一口を含んだ。
「……ウォッカ、ピーチリキュール、アマレット、生クリーム………」
ぶつぶつと呟くその言葉に、御堂が冷や汗を流す。
にこっと笑いながら、ミリシアが目を開いた。
「ルルド、ですね」
御堂は溜息と共に肩をすくめた。
「また当てられてしまいましたか。貴女の舌には恐れ入りますね」
「御堂さんの作るカクテルが正確だからですよ」
邪気無く笑う彼女に、御堂は微笑んで
「今度からは少しアレンジを加えるべきですね」
と言った。
「あれ、そういえばマスターは?」
「先程までそのあたりに居ましたけどね…」
二人は店のオーナー、八神遥の姿を探すが、どこにも居ない。ミリシアは椅子から降りると、遊具の並ぶ店の奥へと進む。
「あ、いた」
探していた人物は、ビリヤード台の上に腰掛けていた。右手には深い青色をしたカクテルがあった。
呼びかけに気づいた八神は、にっこりと微笑む。
「ヤァ、どうしたんだイ、ミリシアちゃん」
「いつのまにか居なくなってましたから、探したんですよ。なにしてるんです、ここで」
問いかけに対して、彼は右手のグラスをふらふらと揺らす。
「一人で飲みたい時もあるのさ」
いつものおふざけは消えて、ひどく真面目な表情で呟く。だがミリシアの反応は冷ややかだった。
「似合いませんよ、それ」
その言葉に、ガックリと肩を落とす八神。
「アア、せっかくクールに決めたのに、台無しっぽいじゃないカ」
そういいつつカクテルを含み、顔を上げる。
「まぁ、今のは冗談。本当はオリジナルのカクテルを試してたんだヨ」
その言葉に、ミリシアの顔が輝く。
「そうなんですか? 私にも飲ませてくださいよー」
「いいヨ。間接キッスでよければネ」
そういうと八神はグラスを渡す。
ミリシアは味を確かめるようにゆっくりとそれを含む。
静かで冷たい色彩の中は、完全燃焼する炎のような度数の高いカクテルだった。
「ダブル≠チていうンだ。トモダチをイメージしたカクテルだよ」
「へぇ…美味しい」
何度かそのカクテルを味わった後、ミリシアは八神にグラスを返した。
「会ってみたいですね、その友達に」
八神はミリシアに微笑む。
「きっと仲良くなれルと思うヨ」
そういって八神はダブル≠飲んだ。
一夜の物語四話。
お客が来ない日はこうしてゆるやかな時間を過ごしております。
ああ、バーって素敵空間。