UNDER HEAVEN 003



 人気の無い、裏路地の奥にその店はある。

 嫌がらせのように十三段ある階段を下りて、見える扉の上には「UNDER HEAVEN」というネオンがある。

 

 今夜も、この扉に手をかける者が一人。

 

 

 カウンターに座る一人の男が、ウイスキー・ソーダを揺らしながら、頬杖をついている。

「悩める男を気取ってるんですか?」

 カウンターの中から声をかけたのは、燕尾服を着た女。かすかに青みがかった黒瞳が、面白がるように男を見る。

「このままでいいのかと思ってね」

「何がです?」 

 男は女から視線をそらして、タンブラーの中身を飲む。

「独立しようかと思ってる」

 女が興味深げに聞き入る。

「けれど今の仕事を全て捨てられるかというと、それほどの覚悟が出来ていない。小さな人間の悩みだよ」

 苛立ちを消すように一気にタンブラーを空にする。それでは飽き足らないのか、男は小さくなったグラスの氷を噛み砕く。

 そして深い溜息をカウンターに落とした。

 

 女は微笑を浮かべる。

「戻れない道では、誰しも臆病になると思いますよ」

 しなやかな指先がステアした液体が、カクテルグラスに注がれる。男の目の前に、深みのある赤いカクテルが置かれた。

「ロブ・ロイ≠ナす」

 男がそれをゆっくりと飲む。芳醇な香りが味覚と鼻腔に広がる。

「ロブ・ロイはスコットランドの義賊、ロバート・マクレガーの名前が由来になっています。恵まれない人々の為に金品を与える彼は、同じ貴族達の反感を買いながらも、自分の選んだ道を突き進みました」

 男は女の言葉を反芻するように、もう一度ロブ・ロイを飲んだ。

「自分を信じてください。選んだ道に迷いがなければ、後悔もありません」

 女は男の決意を後押しするような、綺麗な笑顔を浮かべた。

 二人の視線が交わりあう。

 故人へ敬意を表するように、男がかすかに微笑む。

 そして決意をあらわにするかのように、男がロブ・ロイを飲み干した。

 

 


一夜の物語・三話。
 
カクテルパートナーを飲みながら書きたかったのに、コンビニで売り切れだったという切ない気持ちで書きました。







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