嫌がらせのように十三段ある階段を下りて、見える扉の上には「UNDER HEAVEN」というネオンがある。
今夜も、この扉に手をかける者が一人。
明度の落とされた店内に、二人の人間がいる。
カウンターに座った女。
ウェーブした黒髪。長い睫毛に切れ長の瞳。薄い唇には赤いルージュ。
カウンターの内側でグラスを磨く男。
傷跡がある剃髪。サングラスで隠された両目。厚い唇には銀のピアス。
女がグラスの中身を飲み干す。
無言でそれを差し出し、男はそれを無言で受け取る。
男は新しいタンブラーに同じものをつくる。カシスソーダが、女の前に差し出された。
女が口をつける。
グラスを置いた女の、小さく、深い溜息。
「もっと普通の女がいいんだ」
女の呟きに、男が気づく。視線の先には、自嘲の笑顔。
「あたしが男に言われる言葉。そして最低に嫌いな言葉」
女が煙草に火をつける。薄い煙と共に漂うハッカの香り。
「理想と現実を認識していない、夢見がちな男の台詞だね」
心情を代弁するように、ゆっくりと吐き出される紫煙。
男は何も答えない。
雄弁な口を持たない男に出来ることは、沈黙だった。
女が煙草を灰皿に押し付ける。
残り香の漂うそれを無視し、グラスに触れる。溶けかけた氷が音色を響かせる。
「……けど、あたしが選ぶのはいつもそんな男だけ」
紫色のグラスに映る自分の顔。
その素顔に何を思ったのか、女はカシスソーダを喉に流し込む。
空にしたグラスをカウンターに置く。唇から少しだけ零れた液体を、苦々しく舌が舐め取った。
うつむいていた女の前に、新たなカクテルが差し出される。
先程までとは違う、うっすらと白いカクテル。
「スノー・ホワイト≠ナす」
幻想的な色彩に、女の表情が少しだけ変わる。
「誰しもが物語のような恋愛を描きます。しかし、現実はそう甘くは無い」
グラスの中身にそっと口をつけると、林檎の風味が広がる。優しく心を満たすように。
「ですが、いつかは白雪姫のように、貴女に相応しい王子が現れる。そう思います」
男の言葉に、女が白い歯を見せて微笑む。
「見かけによらずロマンチストだこと」
男の口元が、ほんの少し笑みを浮かべる。
「やはり私には似合いませんね」
一夜の物語・二話。
むぅ、会話が難しい。
でも話に似合うカクテルを探すのは楽しいです。