UNDER HEAVEN 002



 人気の無い、裏路地の奥にその店はある。

 嫌がらせのように十三段ある階段を下りて、見える扉の上には「UNDER HEAVEN」というネオンがある。

 

 今夜も、この扉に手をかける者が一人。

 

 

 明度の落とされた店内に、二人の人間がいる。

 カウンターに座った女。

 ウェーブした黒髪。長い睫毛に切れ長の瞳。薄い唇には赤いルージュ。

 カウンターの内側でグラスを磨く男。

 傷跡がある剃髪。サングラスで隠された両目。厚い唇には銀のピアス。

 

 女がグラスの中身を飲み干す。

 無言でそれを差し出し、男はそれを無言で受け取る。

 男は新しいタンブラーに同じものをつくる。カシスソーダが、女の前に差し出された。

 女が口をつける。

 グラスを置いた女の、小さく、深い溜息。

「もっと普通の女がいいんだ」

 女の呟きに、男が気づく。視線の先には、自嘲の笑顔。

「あたしが男に言われる言葉。そして最低に嫌いな言葉」

 女が煙草に火をつける。薄い煙と共に漂うハッカの香り。

「理想と現実を認識していない、夢見がちな男の台詞だね」

 心情を代弁するように、ゆっくりと吐き出される紫煙。

 男は何も答えない。

 雄弁な口を持たない男に出来ることは、沈黙だった。

 

 女が煙草を灰皿に押し付ける。

 残り香の漂うそれを無視し、グラスに触れる。溶けかけた氷が音色を響かせる。

「……けど、あたしが選ぶのはいつもそんな男だけ」

 紫色のグラスに映る自分の顔。

 その素顔に何を思ったのか、女はカシスソーダを喉に流し込む。

 空にしたグラスをカウンターに置く。唇から少しだけ零れた液体を、苦々しく舌が舐め取った。

 

 うつむいていた女の前に、新たなカクテルが差し出される。

 先程までとは違う、うっすらと白いカクテル。

「スノー・ホワイト≠ナす」

 幻想的な色彩に、女の表情が少しだけ変わる。

「誰しもが物語のような恋愛を描きます。しかし、現実はそう甘くは無い」

 グラスの中身にそっと口をつけると、林檎の風味が広がる。優しく心を満たすように。

「ですが、いつかは白雪姫のように、貴女に相応しい王子が現れる。そう思います」

 男の言葉に、女が白い歯を見せて微笑む。

「見かけによらずロマンチストだこと」

 男の口元が、ほんの少し笑みを浮かべる。

「やはり私には似合いませんね」

 

 


一夜の物語・二話。
 
むぅ、会話が難しい。
でも話に似合うカクテルを探すのは楽しいです。







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