嫌がらせのように十三段ある階段を下りて、見える扉の上には「UNDER HEAVEN」というネオンがある。
今夜も、この扉に手をかける者が一人。
「お久しぶりですネ、一年ぶりですか、先生」
「ほう、もうそんなになるのかね。いや、年を取ると月日が経つのが早いよ」
軽薄な男の声に、柔和な老人の声が響く。
二人の顔には優しい笑みが浮かび、再会を喜び合っていた。
「君は変わらないな、八神くん。学生の頃のままだ」
「老けないのが取り得ですからネ。さ、今日は何にしますか?」
男は棚から「近藤」と札の掛かったジンのボトルを取り出す。
「君に任せるよ。今日の私に合ったカクテルを頼む」
老人の言葉に笑みを見せて、男がカクテルを作り始める。シェーカーの音が小気味よく店内に響き渡る。
差し出されたグラスには、鮮やかな朱色のカクテルが注がれていた。
「グッド・ナイト≠ナす」
「ほぉ、これは…」
「ええ、僕が先生に初めて飲ませてもらったカクテルですね」
老人が照れたように微笑む。
「では、どれだけ腕が上がったか、試させてもらおうかね」
そういうと、老人がカクテルを口に含む。
老人が眉根を寄せる。
「困ったな。これでは師匠の立場が無いというものだ」
「光栄ですネ」
男は子供のように笑った。そして独白のように言う。
「人間は変化する。変わらずに生きていくことは出来ない。変化を嘆くのではなく、前へ進む力に変えるべきだ=v
男の言葉に、老人が目を見開く。
「先生がこのカクテルと共に、僕に言った言葉ですネ。今の先生にピッタリではないですか?」
「………知っていたのかい?」
「顔に書いてありますよ」
微笑む男に、老人は肩をすくめる。
「まるで魔術師だね、八神くん」
「光栄ですネ」
男はにっこりと微笑んで、ジンのボトルをこつん、と叩く。
「しばしの良い夜を楽しんでください、先生」
一夜の物語・一話。
何に時間がかかったかと言うと、カクテルを調べるのに小一時間。うああ。