鬱陶しいくらいの雨の帰り道。
足元の水溜りを気にしながら歩く。
「しかし、いつみてもお前の傘は素晴らしいな」
隣を歩いていた高志が言った。俺はその言葉の意味するところを瞬時に察知すると、右の脇腹に拳をくれてやった。
「ぉうふっ」
「すまんな。手が勝手に動いたんだ」
脇腹を押さえてうめいた友人に対し、ねぎらいの言葉をかける。
まぁ、こいつの言うことも分からないでもない。俺の差している傘は、雨の日に素晴らしく目立つピンク色だからだ。あまり男が好んで差す色ではないし、むしろ違和感バリバリだ。
しかし、別に俺はピンクでフリフリが大好きな少女趣味という訳じゃないのだが。そこのところ、どうも誤解があるようだ。
「別に俺は少女趣味って訳じゃないんだぞ」
「……いい角度でエグっておいて、さらっと流すなよお前」
なにやら親友が俺を睨みつけている。
不思議なものだ。清廉潔白なこの俺を。
その後も分かれるまで、俺と高志は軽く喧嘩しながら談笑していた。この傘に関してのことは、軽く言いくるめておいた。
「全く面倒くさいな、いちいち細かいことを…」
俺が一人でぼやいていると、背後に人の気配がした。
「すごい傘だねー」
本日二度目の駄目出しに、俺は眉間にシワを寄せて振り返った。けれど背後に立っていた人物を見た俺は、その怒りを弛緩させてしまう。
「お前までなんのつもりだよ、麻紀」
そこには、黄色い傘を差した俺の彼女が立っていた。彼女は軽い足取りで隣に来ると、連れ添って歩き始めた。
「いやー、はじめて逢った日もこんな雨が降ってたなーと思って」
「それで台詞も再現したって訳か」
「そゆことー」
おおげさなアクションで水溜りを飛び越える。俺は大股で越えた。
「でもさー、その傘のおかげで出会えたんだよね、私たち」
「そうだな」
「だから、賢一くんがずっとピンク色の傘を使うのは当然だよねー」
「……その思考がいまだに俺には理解できないんだが」
けれど、否定する材料も見つからないので、俺はずっとこの傘を使っていた。
というか、実は俺は彼女の考えを肯定している。
やんごとなき事情により、妹の傘を持ってきた日。合わせた訳でもないのに、帰宅部の俺と帰り時間が同じになり。同じピンク色の傘を差した真紀と出会った訳だ。
偶然が積み重なって、俺たちは奇跡的な出会いを果たした。
この傘はいわば、キューピットの矢だったと言う訳だ。
「なにニヤニヤしてんのー」
真紀が俺の顔を覗き込んでくる。
「何でもない」
こんな恥ずかしいことは自分の頭だけに閉まっておきたいので。
俺は何も言わずに、ピンク色の傘を差してくる訳だ。
ピンクというお題で考えたお話
男の人が目立つ傘を使用する場合、きっとやんごとなき事情があるに違いないと思い、考えてみました。
そんな僕は目立つ傘が嫌いです。
紳士の黒を愛す男ですから。