彼女の部屋に入った俺は、あまりにもおかしなものを見た。
淡いブルーのカーテンがかけられた窓にある、数十体の逆さづり人形。
別名をてるてる坊主という。
「知らないの? 雪を降らせるおまじないだよ」
「これは雨乞いだろうが」
「冬なんだから雪でしょう。それに、ちゃんと雪乞い用にしてあるんだから」
そういうと彼女は、一体のてるてる坊主を掴んで俺に突き出した。俺はそれを受けとって、その顔を見てみた。
なるほど。確かに冬用だ。てるてる坊主の顔にはマスクが付いていた。
フザけてんのか。
「そうか、よかったな」
「…なに、その可愛そうな人を見るような目は」
不満そうだったが、にこやかな笑みを崩さない俺に対し、彼女が先に折れる。小さく肩をすくめて、台所の方へと向かっていった。
そんな彼女を見送りながら、テーブルの上に冬用てるてる坊主を乗せると、俺はこたつに足を突っ込んだ。車で来たとはいえ、少しでも外に出ると寒さがきつい時期だ。冷えた足先に感じるぬくもりが心地よい。
振り返り、改めて集団のてるてる坊主を見る。ここまで数があると逆に儀式めいていて気持ち悪い。 「ここまでして、何で雪をふらせたいかね」
俺のぼやきに、台所の彼女は反応した。
「ひどいなぁ。一周年の記念日なんだよ。前と同じで、ステキな聖夜にしたいじゃない」
「だから雪も降ってないと駄目ってか」
「そうだよ」
彼女はシチューを温めながら、陶酔したように呟く。
「思い出すなぁ。あの時の運命的な告白。雪の降りしきる公園で向かい合って「好きだ」って。そして「私も」って返したら二人はギュッと抱き合って……キャー」
俺は彼女の妄想に、極めて不機嫌な表情になる。
「そういえば、俺が告白しようとしたら逃げ出しやがったっけな。都合よく公園で追いつかせたのにはそういう理由があったのか」
毒づいた俺を、彼女が笑う。
「上手かったでしょ、わたしの演出。アカデミー女優も顔負けだね」
「なんというか……思い出したら腹立ってきたな」
彼女がシチューを盛り付けながら、ちらりとこちらを振り向く。
「でも、そのおかげで忘れられない告白になったんじゃない?」
「………」
否定できない自分がいた。そんな俺をくすくす笑いながら、彼女が料理を運んでくる。
「ずっと心に残る思い出をつくるには、そういうのも必要だよ」
「それで振りまわれたら、たまんねーな」
逃げるように視線をそらす。その時、あるものが俺の視界に映った。無言で立ち上がる。
「どしたの?」
シャンパンをグラスに注いでいた彼女の手が止まる。俺は答えずに、わずかに空いていたカーテンを開け放った。
窓の外には、雪が。
「これも、お前の演出か?」
出来すぎな展開に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
最初こそ放心していたが、彼女はすぐに最高の笑顔を浮かべた。
「ね、冬用だって言ったでしょ?」
テーブルの上のてるてる坊主を手に取ると、ペットでも可愛がるように頭を撫でた。
クリスマスなのでそんな雰囲気で。
てるてる坊主の本来の意味が生贄だと知って、ますます彼が好きになりましたね、僕は。