「……そりゃ変わるだろ。いままでの生活サイクルの中に、彼女との時間が入るわけだし」
「ああ、違う。そうじゃねーんだ。何ていうんだ。その…見える世界が違ったりとか、そういうことはあるもんなのか?」
「……は?」
「別に深い意味なんてねーけどよ。なんか真二のヤローが言ってたじゃねーかよ。『彼女が出来てから、世界全てがピンク色に見えるぜ』とかさ」
「あー、そう言ってから一週間後にフラレてた時か。桜木ちなみだっけ。その時に彼女になってたの」
「そう、その時のだよ。そういうのって、誰にでもあるもんだと思ってたからな」
「………」
「何だよ。その希少動物を見るような目は」
「そのままの意味だよ。この天然記念物」
「うっせーぞ」
「大体、そんなのは悩みじゃねえよ。お前は可愛い可愛い幼馴染と付き合うことになったんだから、今は彼女になった新沼尚子ちゃんを大事にすることを考えるのがスジじゃねーのか。ん、稲葉市朗くんよ」
「あーもー、お前はすぐにそっちの方向に話を持っていきやがる。素直に質問に答えられないのかよ、この偏屈ヤロー」
「…ったく。大体よ、そんなことは少し考えれば分かるだろうが」
「分からん。お前の脳味噌と一緒にするな」
「………仕方ねぇから、お前のツルツル脳味噌にも分かるように簡単に説明してやる。いいか、真二のヤローが言ってることはあたりまえのことだ。友達関係と恋愛関係ってのは天と地の差がある。その人間に対する接し方ってものがな。なにしろ赤の他人が親密になろうとする行為なんだ。変わらなきゃおかしい」
「ふむふむ」
「だから、その人間に見える世界が変ったところでおかしくはない。精神のあり方が変われば、目に見えるものは違ってくる。楽しい気分のときにみる写真と、暗い気分のときにみる写真は、同じ写真でもまるで違うものに見えるだろ」
「あるある」
「お前が変わらないのは、相手が尚子だからだろ。お前がいままで尚子と過ごしてきた十数年間が、いってみればフツーの恋愛における【薔薇色の世界】だったってことだ」
「ほうほう」
「解ったか?」
「うむうむ」
「………解ったのか?」
「なんとなく」
「………」
「………」
「………お前なぁ」
「ん?」
「はぁ、なんで尚子もこんなヤツに惚れたんだかね」
「おい、どういう意味だよそれは」
「そういう意味だよ」
薔薇色の話
世界観が変わるのは、良いことでしょうか悪いことでしょうか。
僕は変わらずいたいですね。