愛用の両手斧で木をばっさばっさと切っていく。男は木こりで、かれこれ二十年の大ベテランである。しかし、どんな人間にも失敗はある。
「あ」
だが男は手をすべらせて、斧を湖に落としてしまった。
「しまった…。クソ、潜るしかないか」
男が服を脱ごうとしたその時、湖の中からきらきらしたものが浮かび上がってきた。
水面から姿を現したのは、光輝くドレスを身にまとった女神である。女性の両手には、男が落としたのとそっくりな斧が二つある。片方は金の斧で、もう一対は銀の斧だ。女神はにっりと微笑む。
「あなたが落としたのはこの金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?」
その質問に、男は顔をしかめてこう言った。
「あんた、それを聞いてどうするつもりだ」
「は?」
予期しない質問だったのか、女神は間の抜けた声を上げた。
「あんた、もしかして俺を殺す気か。そうだよな。俺がもし武器を持っていないと言ったら、丸腰の俺をその斧で叩き割ることができるからな。その手にはのらねぇよ」
「……いや、あの」
「それともその斧を俺に渡す気か。どうせメッキか何かだろう。大金持ちだって馬鹿みたいに舞い上がって売りに行った時の俺が見えているんだろう。せせら笑って笑いものにする気だろうが。どうなんだよ」
「……そんなつもりは」
「そうか。俺を食う気だな。落とした斧をエサにして、俺をその湖に引きずり込む気だろう。その手にかかるかよ。俺はただでやられるつもりは無いからな。道連れにしてやるよ」
男は腰にくくりつけていた鉈を手に取り、女神にゆっくりと近づいていった。
「もうっ、なんなんですかあなたは!」
女神は泣きそうな顔でそう言うと、金と銀と普通の斧を投げ捨てて、湖に戻っていった。
男は投げ捨てられた斧にゆっくりと近づいていく。
「全く……どいつもこいつも胡散臭い。そういう奴らばかりが俺を騙そうとしてきやがる。全くふざけやがって………」
男は愛用の斧を拾うと、苛立ちを抱えたまま帰路についた。金と銀の斧には手も触れず、その場に放っていった。
その後、ここを立ち寄った旅人が金と銀の斧を手に入れて、大金持ちになった。
男はそれを知らずに、死ぬまで人を疑いつづけた。
暗黒冗談昔話(童話)その2。
人を疑ってばかりではいけませんよ、というお話。
どうでもいいですが、女神というイメージは金髪碧眼。真っ白なローブ。これが僕のスタンダード。
本当にどうでもいいこだわりだなぁ。