隣人



 片手にビニール袋を持った俺は、いつものように校舎の屋上へと来た。

 扉を開け放つと、じめじめとした熱気が一気に吹き込んで体中にまとわりつく。体温が一気に上がったような錯覚を覚え、非常に不快だった。

「暑い……」

 ぼやきながら俺はハシゴを上り、出入り口の上に設置してある貯水タンクへと向かう。場所が屋上なのでそこしか日陰ができないのだ。タンクに体をあずけてコンクリートの地面に座る。地面も日陰になったばかりなのか、熱かった。

 持っていたビニール袋の中身を取り出す。コンビニから買ってきた缶コーヒーとロックアイス。そして自前のうちわだ。

コーヒーを開けて一口飲む。冷えた中身を飲み干す心地よさを感じながら、俺は愛用のラッキーストライクに火をつけた。

「暑い……」

 空へ登ってゆく煙を見ながら、先程を同じ台詞を吐く。一応うちわで扇いではいるが焼け石に水のようだ。俺は扇ぐ手を止めて、買ってきたロックアイスを顔に押し付けた。

「あー」

 火照った体にこれはかなり気持ちいい。この感覚を覚えてしまったら、もう離れられないだろう。それくらいのものだ。

 そうして暑さと闘いながら一本目の煙草を吸い終わった頃、屋上の扉が開いた。

 また鍵をかけ忘れたということではない。今ここに出入りできるのは教師と俺のほかにもう一人いる。

「暑い暑いあっつーーい。まーったく、太陽熱はしかたないにしても、この湿気だけはどうにかなんないのー。むーしーあーつーいーー」

 そんなことを言いながらハシゴを登ってきたのは、やはり彼女だった。

 空木 音夢。

偶然が重なって知り合った一つ上の先輩だ。赤い髪にピアスだらけの左耳と左目の眼帯と、一度すれ違ったら忘れられない外見が特徴だ。

彼女は俺が先に来ていたことに気づくと、軽く片手を上げて挨拶してきた。

「やっ、遼平。今日も嫌になるくらい暑いねー」

「もう嫌になってるけどなぁ」

 俺も片手を上げて挨拶を返した。

 彼女は日陰にいる彼の隣に座ると、持ってきたビニールをあさる。自分の分のコーヒーを取り出し、次に二人分買ってきたカキ氷アイスを取り出した。

「とりあえず二個買ってきたよ。ソーダとイチゴどっち?」

「ソーダ」

「む、それはダメ。あたしソーダ食べたいから」

「じゃあイチゴ」

「ほい」

 彼女の自己中な発言など意に介さない。いつものことだからだ。いや、単に暑いからどうでもよくなってるのかもしれない。まぁいいか、と思いつつスプーンと一緒にアイスを受け取る。

「んでは、いただきましょうか」

「いただこう」

 形式的に言った後、カキ氷をかきこんだ。喉にすーっと通る冷たさがたまらない。やっぱり暑い日には冷たいものに限る。

「くーっ、きたきた」

 音夢が額あたりを抑えている。一気にカキ氷を食べたのだろう。頭がキーンとなっているに違いない。

「そんなに急いで食うなよ…」

 彼女と対照的に、俺はちびちびと氷を食べている。

「何いってるの。コレがなきゃカキ氷じゃないよ」

「そんなもんかねー」

 彼女の言い分はいまいち理解できない。わざわざ痛い思いをすることもないのに。

「遼平も、男ならガーっと食べなよ」

「俺はあの頭痛がダメなんだって」

「情けないねー」

 そういいながら彼女はもう一度、カキ氷を文字通りかきこむように食べる。再び頭がキーンとなっているらしい。楽しいのだろうか。妙な奇声を上げている。

 そんなやりとりをしているうちに、カキ氷はあっという間に無くなった。口の中に残る味の余韻をほんの少し楽しんだ後、俺は二本目の煙草を取り出す。音夢も同じくシャツの胸ポケットから煙草を取り出す。彼女の愛用はマルボロのメンソールだ。俺がジッポで、彼女が百円ライターで火をつける。熱気と湿気は相変わらずひどいけれど、青空の下で吸う煙草はいつも通りに美味しかった。

 いつも通り。

 何も変わりなく、心地よい、不良生徒二人の風景だった。

 

 

「しかし、なんとも暑いね…。地球温暖化は深刻なところまで来ているようだよ」

「そーだな」

 日陰で太陽熱はやわらげられているが、湿度はなんともならない。俺も音夢もべとついた汗をかいている。頭だけはロックアイスを載せているので多少マシだた、体に張り付くシャツがうっとうしくなったので、俺はボタンを外してシャツの前を空けた。そこに直接うちわで扇ぐ。

「いーなー、男は。あたしもシャツ脱ぎたいわー」

「スカートだから男より涼しいだろ」

「足はそれでいいけどさー。問題は上半身なわけだよ。ブラジャーなんて余計なものもあるんだから」

「ああ、そりゃそうだ」

 音夢はぶつぶつと文句を言いながら、シャツの襟元を広げて中を扇いでいる。煙草を咥えた唇の隙間から、煙を吐いた。

「明日から水着でも着てきたらどうだ」

「……それいいかもね。いざとなったら頭から水かぶれるし」

「まぁ、こんだけ汗かいてると制服でも関係なさそうだけどな」

 短くなってきた煙草を最期にひと吸いすると、携帯灰皿に押し付けて吸殻を放り込んだ。

「ねー、そろそろ氷、交代じゃない?」

「ああ、そうかもな」

 俺は頭の上に乗せていたロックアイスの袋を彼女に渡す。中身はかなり溶けていたが、まだ冷たい。音夢はそれをシャツの中に入れた。

「あー……これいいわー……」

「今度から買ってこいよ? 二人で使ってたらあっというまに溶ける」

「そだね。ていうか、溶けたら家で凍らせて持ってきたらいいじゃん」

「地球に優しくリサイクルか」

「その小さな一歩が、地球にとっては大きな一歩になるのさ」

 彼女の言葉に、俺は思わず笑ってしまった。

「不良が環境問題を語ってもなぁ」

 俺たちは顔を見合わせて笑ってしまった。そのままコーヒーを手に取ると、中身がほとんど残っていなかった。俺はそれを一気に飲み干す。

「飲み物を補給しないとな」

「あ、そういやあたしも無いや」

「なるほど……」

「となると……」

 俺たちの双眸が交わり、互いを睨みつける。無言で立ち上がり、ニヤリと笑い合うと、右手をぐっと腰に引き寄せた。

「最初はグー! ジャンケン…ポン!」

 俺はパー。

 彼女はグー。

「ちぇー、負けちったよ」

「買出しヨロシク」

 はいはい、と言いながらロックアイスを俺に渡して、音夢は貯水タンクの日陰を出る。日差しに照らされてうめき声を上げると、ハシゴを急いで降りる。よっぽど暑いらしい。勝ってよかったぜ、本当に。

 俺は勝利の余韻にひたりつつ、一服するために箱から煙草を取り出して咥える。そこで屋上の扉が開く音が聞こえた。最初は音夢が開けたのだろうと思っていたが、いつまでたっても扉が閉まる音が聞こえない。

 耳を済ませてみると足音がいくつも聞こえる。誰かがこの屋上に上がってきているのだろうか。

「まずいな……先生か?」

 なんとなく嫌な予感がしたので、俺はこっそりとハシゴに近づくことにした。日陰を出るとあまりにも暑かったので、ロックアイスを抱えて。

 

 

 そっと下の様子を覗くと、最初に音夢が見えた。扉の前に立っている誰かと向かい合っているらしい。険しい表情を浮かべていた。俺は気づかれないように下を覗き込む。そこには三人の女がいた。どうやら先生ではなく生徒らしい。ここからだと表情は見えないが、真ん中の女はえらそうに腕組みをしている。俺から見て右側にいた女が、屋上の扉を閉める。

こいつらは何者だろう、と俺が思う前に、真ん中の女が喋り始めた。

「空木センパイ、ですね」

 『センパイ』という言葉に棘がある。少なくとも友好的ではないようだ。

「……何か用?」

 まるで別人のような音夢の声に、俺は思わず耳を疑う。彼女の顔は、そぎ落とされたように表情を無くしていた。これも、俺が見たことの無い顔だった。

「まぁ…たいしたことじゃないんですけどね」

 女も音夢の様子に気づいたのか、少し声が上ずっている。しかし次の言葉は、よどみなく言い切った。

「羽佐間遼平……知ってますよね。わたし、彼と同じクラスなんです」

「………それで?」

 彼女は溜息をつきながら、胸の下で腕を組んだ。さっさと本題に入れ、とでも言いたげに女を睨む。

「センパイはよく知ってると思いますけど、彼、不良なんですよね。クラスに一人だけの」

「そうらしいね」

「別に彼一人だけが問題ならいいんですけどねぇ」

「問題は、わたしたちにもとばっちりが来てるってことなんですよ」

 両側にいた女たちの言葉に、音夢の頬が少しだけひくついた。

「彼のせいで、わたしたち全体が、問題学級みたいに扱われてるんですよ」

「他のクラスからも白い目で見られてるし」

「担任に相談しても、何もしないし」

「何か学校で問題が起こると、矛先がたつのはあたしたちですからね」

 微動だにしない音夢に、次々をまくしたてる女達。まるで彼女を怒りの捌け口にしているようで、少しイラついた。

「加えて、空木センパイですよ」

 

 真ん中の女が放った言葉に、音夢は顔色を変えた。

「……あたしが……なに?」

 搾り出された声は、はっきりとした怒りに染められている。しかし女達がそれに気づいた様子はなかった。

「センパイ、自分がどんな風に思われてるか気づいてないんですか?」

「みんな口に出して言わないけど、鬱陶しく思われてますよ」

「学校に来るだけで、まともに授業も受けないし」

「校則なんて守りもしない」

「そういうセンパイに悪影響を受けた子だっていっぱいいるんですから」

 音夢の両腕に力がこもる。指先が腕に突きたてられていた。女達には見えていないのだろう。眼中にないと言うべきだろうか。

「そういうセンパイと羽佐間くんが一緒にいるから、ますますわたし達のクラスが孤立していくんですよ」

「はっきりいって迷惑なんです」

「もう羽佐間くんと会うの止めてください」

「センパイも、いちいち学校にきてるのに何もしないなら辞めればいいじゃないですか」

「そうですよ。学校だってタダじゃないんですし」

 音夢の唇がぐっ、と引き結ばれる。そして決定的な一言が女達の口から発せられた。

「どうせここにいても意味ないじゃないですか」

 

 その言葉に一番早く反応したのは、音夢じゃない。俺だった。

持っていたロックアイスの袋に歯を突き立てると、ビニールを裂いて、女達めがけて中身をぶちまける。もちろん頭上に俺がいることなど知らない女達は、氷の粒が混じった冷水を思い切り被ることになった。

「やっ、ちょ、なにっ」

「つめたっ」

「げほ、ごほっごほっ」

 悲鳴を上げる女達に軽い満足感を覚えながら、俺は飛び降りる。着地音で俺に気づいた女達は、こちらを見て顔を青ざめさせた。

 多分、俺の顔は凄絶な表情を浮かべているのだろう。怒っていたのは音夢だけじゃない。俺もだ。

「……随分と好き勝手言ってくれたなぁ」

 ゆっくりと女達に歩み寄る。女達は後ずさるが、生憎と後ろは壁だ。すぐに距離は詰まった。

「別によ、俺への悪口なら構わねぇんだけどな。痛くも痒くもねぇしよ。 でもな。何で関係ねぇ音夢がここまで言われなきゃならねぇんだ? 言ってみろよ。あァ?」

「……そ、それは…」

 強気そうに見えた真ん中の女は、完全に萎縮していた。この様子をみるだけで、どういう意図があったかなど見え見えだ。俺は鼻を鳴らして笑う。

「大方、男の俺に言っても無視されるだけだとでも思ったんだろう。だからお前らは、同じ女で御しやすいと思った音夢を選んだんだろ。ご丁寧に三人がかりでな。違うか?」

 女達は何も言わない。それは無言の肯定と同じことだ。俺はその態度にいらつき、声を荒げる。

「学校をよくしよう、とかいう曖昧な正義感を振りかざして行動するのはお前らの勝手だよ。だがな、俺も音夢も、お前らの犠牲になってやるつもりなんか一切無い。特に、元凶である俺を避けて周りの人間から崩していこうなんて考えてた、卑怯で卑屈で臆病者のクズなんかの為にはな」

 俺は女達に歩み寄ると、真ん中の女を射殺さんばかりに睨みつける。女は完全に萎縮してしまい、背後の壁にすがりよるようにしていた。根性無しが、と俺は胸中で吐き捨てる。

「行け」

「……………え?」

 俺の短い言葉を女が聞きかえす。二度言わせる気か、全く。

「消えろ、って言ったんだ。これ以上、お前らクズと同じ空気を吸うのは御免だ。分かったんなら、さっさと失せろ」

 静かな恫喝に、女達は蜘蛛の子を散らすように、扉を開けて逃げていった。俺は煮えたぎるような感情をゆっくりと抑えると、背後に向き直る。俺の背中で、音夢はうつむいたまま腕を抱えていた。

「……音夢。もう終わったから。力を抜けって」

 彼女の肩を叩きながら言う。俺の言葉がようやく聞こえたのか、皮膚に突きたてていた爪をようやく離した。

「おまえ、あいつらのことぶん殴るつもりだったろ」

 彼女は腕をだらり、とさせたまま動かない。

「気持ちは分かるけどよ。あそこで殴ったら完全にお前が悪者だろ」

「………うん。ありがと」

 うつむいたまま、彼女の小さな声。俺はどうにも困って溜息をつく。

 ぽたり、と彼女の腕から何かが地面に落ちた。血だ。爪を突き立てていた部分が裂けた傷口になっている。引き裂いたのだろう。

「うわ……傷、結構ひどいな。ちょっと待ってろ。救急箱取ってくるわ」

「……いいよ、別に」

「いいわけねーだろうが。上がって休んでろ。いいな」

「……うん」

 力のない返事に心配になりながらも、俺は屋上を後にした。

 

 

 

 救急箱を持った俺は、自販機の前で足を止める。ついでにコーヒーを買いに行こうと思ったのだ。二人分のコーヒーを買い、行くかと思ったとき、俺は救急箱とコーヒーを床に置いた。何故そんなことをしたのかと言うと、背後に人の気配を感じたからだ。

 振り返ると、そこには予想の範疇だった光景がある。三人の体格のいい男達。そしてその背後に、先程の女達がいる。全くもっていい悪役の見本だと思ってしまった俺は、笑ってしまう。

「なに笑ってやがるんだテメー。あァ!?」

 語気を荒げる男。だが俺はそいつなど意に介さず、後ろの女達に言った。

「言葉でなんともならないと思ったら、今度は他人の力を借りて暴力に訴えるってのか。本当にクズだな、お前ら」

 再びの恫喝に、女達は一瞬ひるんだが、すぐに見下すような視線を返す。自分達が絶対の有利に立っているとの考えからだろう。そんな女の様子には気づかず、男は俺に言ってくる。

「さっきは随分とやってくれたみたいじゃねぇか、テメェ。覚悟は出来てんだろうな。あァ!?」

 台本でもあるのだろうか。テンプレート通りともとれる男の言葉に、俺は苦笑を漏らしてしまう。それを余裕と受け取ったのか。男は激昂する。

「ニヤニヤしてんじゃねぇッッ!!」

 走りよってきた男が殴りかかってくる。振り上げられた拳は、俺の左頬を打ち抜いた。体勢が崩れる。殴った男が笑みを浮かべる。

 だが俺は倒れなかった。両足で踏ん張ると、そのまま殴られる前の位置に体を戻す。眼前にある男の顔が、驚愕を浮かべる。

「先に殴ってきたんだから、正当防衛だよな」

 俺はそれだけを言うと、同じように左頬を殴り返してやる。体重の乗った拳を受けて男が倒れる。倒れた相手の腹部を、サッカーボールのように蹴り飛ばす。男がうめき声を上げて床を転がる。

 その男を飛び越えると、俺は油断していた残り二人へと向かう。近い場所に居た奴の首を抱えると、鳩尾に膝を叩き込む。嘔吐しそうな声と共に男が沈む。

 最期の一人は勇敢にも俺に拳を打ち込んできたが、それを避けつつ、足を引っかけた。ぶざまに転倒する男に、俺は再び爪先を叩き込む。男は最初の奴と同じ末路を辿った。

「待て」

すでに逃げようとしていた女達に対し、俺は制止の言葉をかける。女達は蛇に睨まれた蛙のように動きを止めた。俺はゆっくりとした動きで近づくと、動かない女達の前に立つ。

 そして口元を吊り上げて笑ってやった。

「今度こんな真似してみろ。次はお前らがこうなるからな」

「お…女を殴るつもり……?」

 震えながらそんなことを言ってくる。俺は高笑いしてしまった。

「おいおい、今の世の中は男女平等だぜ? 都合のいい時だけ女の権利を持ち出すなよ」

 俺の本気に気づいたのだろう。女達はもはやここにとどまることも出来ずに、男達を置いて脱兎の如く逃げ出した。

 まぁ、これでしばらくは大人しくなるかな。

 そんなことを思いつつ、俺は救急箱とコーヒーを持ち、今度こそ屋上へと戻った。

 

 ハシゴを昇り、貯水タンクを見る。音夢はうずくまってそこにいた。俺には気づいているだろうが、顔を上げることはしなかった。

「ほい、持って来たぞ」

 彼女は何も言わなかった。

 とりあえず俺は彼女の腕を消毒し、ガーゼと包帯を当ててやる。治療なんてほとんどしたことが無いので不恰好だったが、まぁ何もしないよりはマシだろう。

「よし、これでいいだろ」

 妙にふくれた包帯の巻き方だが、あまり気にしないことにする。俺は慣れない作業で疲れてしまい、彼女の隣に座り込む。音夢はまだ何も言わない。

「……ほら、飲めよ」

 俺はコーヒーを差し出す。気づいていないのだろうか。俺は彼女の手にコーヒーを持たせる。手が小さく動いて、コーヒーを受け取った。

 俺は溜息をついて、缶を開ける。一口目を飲んで、口の中に痛みを感じる。どうやら先程殴られたとき、口を切ったようだ。

「いってー……」

 その声に反応したのだろうか。ようやく音夢が顔を上げる。

「お、ようやくお目覚めか」

 彼女は顔を上げたものの、瞳はうつむかせたままだった。俺と目を合わせないようにしているようだ。そんな彼女の態度に気づきつつも、俺は気づかないフリをした。そのままもう一度コーヒーを飲む。痛い。

「…………ごめん、遼平」

 ようやく口を開いて、その言葉だった。

「気にすんな。お前はなんにも悪くないんだからよ」

「でも、あたしのせいで」

「いいって。不良やってんだ。これくらいのトラブルは日常茶飯事だろ」

「だけど…」

 そこでようやく彼女が俺を見る。そして気づいた。

「どうしたの、その顔……」

「あいつらは俺が話をつけといたからよ。しばらくは大人しくしてるさ」

 彼女が唇を引き結ぶ。泣きそうな顔だ。

「……なんでそこまでして」

 おかしなことを聞く、とそう思った。

 だから俺は答えた。

「あんまりいないから分からねーけど、友達ってそういうもんじゃねーの?」

 音夢がきょとんとした顔になる。しばらく彼女の時間は止まっていた。そして動き出したとき、彼女は恥ずかしいような嬉しいような、なんとも微妙な表情になった。

「…………」

 無言のまま、彼女は視線を外す。そして持っていた缶を開けた。それを一口飲む。

「変わりに買ってきたんだから、今度は音夢が二回おごりだな」

いつもと変わらない言葉をかけてやる。その言葉を音夢は、ゆっくりと噛み締めるように聞いてから、ようやくいつも通りに微笑んだ。

「うん……そだね」

「ああ、頼むぜ」

 俺は彼女に缶を差し出す。その意図を察してくれて、彼女も缶を差し出す。

 もう一度。誓いのように、俺達は乾杯をした。







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