本音



 昼休み。校舎の三階の、三年生の教室の一角に、三人の男子生徒がテーブルを囲んで談笑していた。

「なぁ朝鷹。昨日の天国への一歩′ゥたか?」

 肩にかかるくらいの黒髪と、頑健な体のこの男は、乙島愁。

「いや。……というか、なんだそれ」

 常に仏頂面で無愛想な顔をしているのが、南野朝鷹。

「え、タカっち見てないの? いますっごく話題になってるじゃない」

 女性的な顔だちに華奢な体格。性別を間違えたとしか思えないこの男は、佐々美薫。

 高校で知り合った三人は、それぞれタイプが違うせいか妙に気が会い、三年目に入った高校生活で、親友と呼べる存在だった。

 こうして無駄話をするのも、いつもの光景だ。

「無知なオマエに教えてやろう。不治の病に侵された少女が、残り少ない時間を最愛の恋人と過ごそうとしているんだが、いろいろと邪魔やら問題があるのよ。それを二人でけなげに乗り越えていこうとする、号泣モノのドラマなの」

 思い出したのか、愁の目にかすかに涙が浮かぶ。彼は強そうな見た目のわりに涙腺が緩い。

「へー」

 朝鷹の反応はそっけなかった。

「結構面白いよ。シュウみたいに毎回泣いたりはしてないけどね。まぁ、ちょっと刺激が足りないけど」

 薫は見た目とは裏腹に、血と肉と汗と暴力のバイオレンスな世界が好きなのだ。

「おいおいカオル姫。あれを見て泣かないで何で泣くってんだよ」

「僕は裏切りと憎悪と復讐の連鎖の果てにある感動なら涙するけどね」

「あー、これだからお前は。いいか、恋愛ってのは人類の至宝だ。そして、障害があればあるほど燃えるものなんだよ」

「いいじゃん。別に恋愛を否定してるわけじゃないしさー」

 何故かバイオレンスVSラブロマンスの論議に発展していってしまった二人の会話を、朝鷹は特に何を言うでもなく聞いていた。

 そんな朝鷹に、いきなり二人の視線がぶつかってきた。

「朝鷹、お前はどうなんだ」

「ラブ、それともデス?」

 少しだけ考えて朝鷹は答えた。

「知識の迷宮、ミステリだ」

 その答えに、二人は眉根を寄せて考えていたが、やがて椅子にがたっともたれかかった。

「引き分けだ」

「ドロードロー。これ以上はドロ試合」

「英断だな」

 三つ巴の形になって、論戦は終わった。

 それを見計らったかのように、教室に一人の女生徒が入ってきた。胸元のリボンが緑なので、一年生である。「しつれいしまーす」と声をかけて、朝鷹たち三人のところへと向かってきた。

「やっほー、鷹にぃ」

 明るい声と共に、手をひらひらしながらその一年生は朝鷹に話しかけた。朝鷹はというと、その訪問者を見て、無愛想な顔をさらに愛想をなくした。

「つばめか。何だよ」

 小柄で細身の体型に、元気な笑顔の似合うその少女は、南野つばめ。声をかけられた南野朝鷹の妹だ。

「あのさ、今日の晩御飯どうするの?」

「……どうするって、何が」

 本当に知らないの、とでも言いたげに、つばめは肩をすくめる。

「夜、お父さんとお母さんが同窓会だから、晩御飯わたしたちで食べなきゃいけないんだよ。お母さんから聞いてるでしょ?」

「……言ってたか?」

「言ってました。まったくもー、肝心なところが抜けてるんだから」

 大げさに溜息をつく妹に、朝鷹が舌打ちした。

「で、どうするの。言っておくけど、この前みたいにお茶漬けと目玉焼きの晩御飯なんてヤだからね」

「……じゃあ、お前がつくれ」

 その反論に、つばめの頬を冷や汗が伝う。

 理由は簡単だった。以前につばめが作った料理を食べて、一家全員食あたりで入院したことがあったのだ。その事件以後、つばめが料理をするのは堅く禁じられていた。

 それを踏まえたうえでの、朝鷹の反論だった。

「……まぁ、食べられるだけいいのかもね」

 その時の悪夢を思い出したのか、朝鷹とつばめの顔が揃って蒼白になった。

「ん、まぁ今日だけだし、晩御飯は鷹にぃので我慢する」

「そうしてくれ」

「わかった。帰るときまた来るから。じゃーねー」

 来たときと同じで、ひらひらと手を振って、つばめは教室へと戻った。

 どっと疲れた心境で、朝鷹は愁と薫に視点を戻して、驚愕した。二人の顔から生気が消えて、ゾンビのような状態になっていたからだ。二人の半死人は、そろって頭を抱えた。

「NOォォォォッ!? 何故だ、何故にこんな無愛想無口仏頂面知ったかぶりのこの朝鷹ごときに、何故にあんな可愛い妹が居やがるのだ!? しかもなんか鷹にぃとか親しみを込めて呼ばれているしぃぃッ!?」

「神よッ……あなたは何故私たちにこのような試練をッ……!! そんなにあなたは他人の苦しむさまを見て高笑いを浮かべる超絶無比な変態サディストなのですかッ……!!」

「………」

 虚空に向かって祈りまで捧げはじめた二人を、朝鷹は冷めた目で見ていた。

 愁は四人兄弟、全員弟で男。薫は一人っ子。妹が欲しいという気持ちも少しは分かるのだが、実際に妹を持っている朝鷹に関してみれば、それは幻想に過ぎないのだと思っている。妹なんてのは、わがままだし、手間がかかるし、強情っぱりだし、おまけに料理を作れば(これは南野家限定だと思うのだが)殺人未遂者にまで変貌する。ろくなものではないと思うのだが、それを離したらまた二人が普通の人には見えないものを見そうなので、朝鷹は黙っていることにした。

 朝鷹が静観していると、しばらくして二人は大人しくなった。

「ふぅ……俺としたことが我を失ってしまったぜ、すまんな朝鷹」

 長髪をかきあげて、愁が侘びを入れる。

「どうにかならないのか、お前らのそのクセは」

「あんなに可愛いつばめたんがいるタカっちが悪いんだよー」

 悪びれた様子もなく、薫が小さく舌を出した。

「んなことを言われても、そうなったもんは仕方ねぇだろうが。文句は俺じゃなくて親御さんに言ってくれ」

 朝鷹が溜息をついた。

「しかし……晩飯どうすっかね。正直つくるのめんどいんだよなぁ」

 冷蔵庫の中身に何が残っていたかを思い出そうとしていると、再び声をかけられた。

「南野くん」

 小さいがよく通る声の持ち主は、陶磁器のように白い肌、日本人形のように美しい髪をした女性。胸元の赤いリボンが三年生、同じ学年であることを示している。クラスメイトの久遠寺亜矢子であった。

「おう亜矢子。どうしたんだ」

 亜矢子は切りそろえられた髪を自然なしぐさでかき上げる。

「つばめさんとの話を聞いていたんですけど……晩御飯」

「ああ、そのことね」

「今晩のご飯は、私が作りに行こうと思いまして」

 朝鷹の傍でがたん、と椅子から体が転げ落ちるような音がしたが、彼は無視した。

「そらありがたいけどよ……大丈夫なのか?」

 亜矢子の家庭は、父親と姉との三人暮らしである。幼くして他界した母親の代わりに、姉と二人で家事全般を取り仕切っていた。現在姉は仕事で東北の方に一人暮らしをしているので、家事は亜矢子一人なのだ。

 朝鷹の杞憂をよそに、彼女は首を横に振った。

「父さんは出張で、今夜は私だけなんです。ひさしぶりにつばめさんと話もしたいし、ご飯は大勢で食べたほうが楽しいですからね」

 朝鷹は思考する。

 @亜矢子の提案に賛成する → 晩飯は亜矢子作 → 美味しい料理 → 確かな満足

 A亜矢子の提案を断る → 晩飯は自分でつくる → 無難な料理 → 適度な満足

 B何を血迷ったかつばめの料理 → 晩飯はつばめ → 以下検閲削除

 迷う理由など無く、コンマ二秒で朝鷹は返事を返した。

「それじゃあ、お言葉に甘えるとしようか」

 了承の言葉に対して、亜矢子は人差し指を一本だけ立てた。

「そのかわり、といっては何ですけど、学校が終わったら買い物に付き合ってもらえますか。あまり南野くんの家の冷蔵庫を荒らすもの失礼ですから」

「別に気にしなくてもいいけどな、まぁ買い物には付き合うよ。あとでつばめにもメールしておく。荷物持ちくらいやらせないとな」

 亜矢子は「わかりました」と微笑んだ。

「放課後校門で待ち合わせましょう。それでは」

 待ち合わせの約束を言い残し、亜矢子は自分の席へと戻っていった。

 ふぅ、と微笑まじりの吐息がもれる。これで晩飯の心配はいらないらしい。朝鷹が満足げに二人に視線を戻すと、椅子から転げそうになるくらい驚いた。

 愁のかっ、と見開いた両目からは涙が、ぱくぱくと開閉する口からは、声にさえならない叫びが聞こえてきた。

 薫は両手をがっちりと合わせて、視線を床のシミに向け、ぶつぶつと何かを呟いていた。彼の瞳からも、涙が溢れていた。

「神よッ……あなたはおっしゃった……天は二物を与えず≠ニッ……!! しかしッ……目の前のこの男はッ……最愛の可愛い妹と最高の可憐な彼女という世界に一つとない大輪を両手に抱えているッ……!! 何故ですかッ!! 答えてください神よッ!!」

「ジーーーーーザァァァスッッ!! 神は……神は死んだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 そのうち血の涙を泣かすのではないか、というほど、二人は泣きに泣いていた。真剣に。

 それを見ていた朝鷹は、静観することすらもはや諦めていた。

「もー知らん……」

 朝鷹は吐き捨てると、机に突っ伏して寝た。

 ちなみに乙嶋愁と佐々美薫が元に戻るのには、昼休みの残り二十分をフルに使うことになった。

 

 

 放課後。亜矢子は友達と話していたので、朝鷹は先に玄関まで下りてきていた。授業終わりでこった肩をぐるぐると回しながら、内履きを下駄箱に突っ込む。私物のスニーカーを床に投げ捨てて、履き替える。歩き出そうとした時、いきなり背中に重いものが乗ってきて、朝鷹は転びそうになるのをなんとかこらえた。驚いて後ろを向くと、恨みがましい眼をした愁が乗っかってきていた。

「あ〜さ〜た〜か〜、お〜ま〜え〜が〜に〜く〜い〜」

「……ええい、鬱陶しい」

 愁を力いっぱい引き剥がす。すると今度は左腕が重くなった。見ると、薫がダッコちゃん人形のように、左腕に絡みついていた。

「亜矢子たんとつばめたんと晩御飯だなんて〜、ゆ〜る〜せ〜な〜い〜」

「……ええい、邪魔」

 無理矢理に薫を引き剥がす。そのまま早足で校門まで行こうとしたが、薫に再び左手をつかまれる。一瞬動きが止まったそのとき、愁ががっちりと首を絞めてきた。

「あぁ、お前らいい加減にしろって」

 空いている右腕で首のロックを解こうとするが、さすがに無駄な抵抗だった。愁は優位に立ったことを証明するように、ひどくにこやかに笑った。

「なぁ、薫。俺がもしこのまま朝鷹の首をキュッと絞めちゃったら、俺って罪になるかなぁ?」

「そりゃ罪だね。でも、タカっちはそれ以上に重い罪を侵してるから、きっとオアイコってやつだよね」

 薫も悪寒が走るくらいにこやかな笑顔で、さらっと朝鷹を追い詰めた。

「おい、おいおい、ちょっとマテお前ら」

 もはや二人は朝鷹の言葉など聴いていない。

「あはは」

「あはは」

 愁の手に、だんだん真剣な力がこもってきていた。朝鷹の呼吸が少し苦しくなってきた。

「ちょっ……ギブギブギブギブ!」

「あはは」

「あはは」

 笑いながらぎりぎりと首を絞め続けられ、朝鷹は本気でまずい、殺られてしまう、と思い始めた。

 意識が朦朧とし始めた頃、がごっ、がごっ、という音が聞こえて、首を絞めていた腕が緩む。朝鷹はようやく開放された。

「おー……」

 ぼーっとする頭を抱え朝鷹が振り返ると、そこには地面に倒れてうずくまる愁と薫。何故か鞄を抱えるように手にした亜矢子がいた。

「大丈夫ですか、南野くん」

「おお、なんとか生きてるみたいだが……亜矢子が助けてくれたのか?」

「はい、これで頭を」

 そういって亜矢子は持っていた鞄を指差した。彼女の鞄は常にうすっぺらい朝鷹のものとは違い、いつも教科書類が入っているので、かなり重い。それで頭を殴られたのなら、ひとたまりもないだろう。というか当たり所を間違えたらヤバイのではないだろうか。

 愁と薫がぴくりとも動いていないのは、気のせいだと思いたかった。

「行きましょうか、南野くん」

「……そうだな」

 とりあえず二人のことは放っておくことにした。ふと、朝鷹は愁の指先に何かあるのに気づいた。自分の涙で濡れた手は、床にメッセージを残していた。

はんにんはあさたか

「………」

 朝鷹はそれを無言で踏み消して、亜矢子の後に続いて玄関を出た。

 

 

 昇降口から正面玄関までは、煉瓦の街路と等間隔に植えられた並木が続いている。朝鷹と亜矢子は並んでその道を歩いていた。

「痛ぇ……愁のやつ、本気で絞めやがって」

 まだじんわりと痛む首をぐきぐきと鳴らす。普段は気のいいやつだけに、キレてしまうと見境が無いのが愁の欠点だ。薫にいたっては、便乗しているだけなのでなお始末が悪い。だが二人とも痛い目にあったので、少しは朝鷹の溜飲も下がっていた。

 ふと気づくと、くすくす、と小さな笑い声が朝鷹の耳に聞こえた。見ると亜矢子が朝鷹を見て笑っていた。

「素敵ですよね、愁くんと薫くん」

「………」

 朝鷹は怪訝な瞳で彼女を見た。どこをどう見たらそんな言葉が出てくるのか、朝鷹には理解できなかった。

「………はり倒しておいて、どこからそんな台詞が出てくるんだい、亜矢子くん」

「あれは、やりすぎだと思ったから止めたんです。南野くんが怪我したら大変ですからね」

 あの二人なら怪我しても心は痛まないのだろうか、と朝鷹は心の中で思う。

「……んで、あいつらのどこらへんがステキなんだよ」

 亜矢子は朝鷹から視線を外し、すっと髪をかきあげる。

「心の中の思いや感情を、ありのままにぶつけ合えるって素敵ですよ。そういう付き合い方のできる人に、めぐり合えるのは幸せなことだと思いますから」

「……多少は加減して欲しいものだぞ。でないとそのうち俺が死にそうな気がするから」

 ぼやく朝鷹に、亜矢子は悪戯っぽく微笑む。

「でも、今日みたいな目に遭わされても、二人と絶交しようなんて思わないでしょう?」

「…………」

 否定もしないし肯定もしない無言の朝鷹。しかしそれは彼女の言葉に同意している証拠であった。朝鷹は愁と薫のことを思い返し、考えてみる。

 考えてみた結果、ぽりぽりと頬をかいた。

「……まぁ、ある意味ではいい感じなのかもな」

「そうですよ」

 朝鷹は微笑む亜矢子への照れ隠しで、ぼりぼりと頭をかいた。

 話しながら歩いていた二人は、気づくと正面玄関前についていた。二人はそろって足を止め、昇降口の方へと振り返る。つばめは今日掃除当番なので、出てくるのが少し遅くなるということらしい。

「それはそうと、亜矢子もあんまり嘘とか隠し事とかないタイプじゃないのか。結構ズバッと本音を言うというか」

「そうですか?」

「そうだろ。さっきだって、俺のとこに晩飯つくりに来るっていったけど、普通なら「行ってもいいですか?」って聞くだろよ。そういう面倒くさいのをすっ飛ばして「私が作りにいきます」っては、あんまり言えないと思うぞ」

 亜矢子は頬に手を当てて、首をかしげた。

「そうでしょうか。別に普通のことだと思うのですけど」

 どうやら彼女に自覚はないらしい。まぁだからこそ憎めないのかも知れないが。

「言いたいことを言えない俺とは大違いだ。うらやましいよ」

 皮肉げにつぶやく朝鷹。それを聞いた亜矢子は、さも心外といわんばかりに唇を尖らせる。

「私にも、相手に言えないことだってあります。南野くんにだってそうですよ」

「俺に?」

「……まぁ私の話し方を聞いていれば、わかるかもしれませんけど」

「………?」

 朝鷹は訳がわからない、といった風で亜矢子を見つめた。彼女は視線をそらして、朝鷹の視線から逃げる。

 睨み合うでもない不思議な空気がしらばく続いた頃、誰かが二人の所に駆けてきた。息を切らせて並木道を走ってきたのは、南野つばめだった。

 彼女は二人のところまで到着すると、膝に手をついて呼吸を整えた。

「ごめーん、遅くなったぁ」

 手を合わせて謝るつばめ。

「そんなに急がなくても良かったんですよ」

 幸いとばかりに、つばめに話しかける亜矢子。逃げられた朝鷹は、もやもやとした気持ちを抱えたまま、憮然とするしかなかった。

「……じゃ、行こうぜ」

 朝鷹がさっさと歩き出す。亜矢子もそれに続いた。

「うー、ちょっとは休ませてよ…」

 つばめもぶつぶつ言いながらそれに続いた。

 

 

 三人は適当な雑談を交わしながら帰路につく。どちらかというと亜矢子とつばめの会話が主で、朝鷹は適当に相槌を打つという形である。女性同士の会話というのは何故尽きることの無いのか、朝鷹はときどき疑問に思う。そしてふと気づく。引っかかっていた亜矢子の言葉について。

 朝鷹は少し躊躇ったが、行動に移すことにした。

 つばめの腕を引っ張ると、こちら側に引き寄せる。そして亜矢子と距離をとる。亜矢子は不思議に思ったようだが、深く追求はしてこなかった。

「なんなの、鷹にぃ?」

 突然のことにうろたえるつばめ。切り出すのには多少時間がかかったが、朝鷹が口を開く。

「……ちょっと聞きたいことがあるんだが、亜矢子が俺に隠してることってなんだと思う?」

「……へ?」

「いや、さっき亜矢子と話してたときなんだがな、亜矢子が俺に言えないことがあるんだと。自分の話し方を聞いてればわかるかも、とか行ってたけど、あいにく検討がつかん。秘密なら秘密でそっとしておいてもいいのかもしれないが、なんとなく納得がいかないんだ。亜矢子がそうまでして何を隠したいんだかがどうしても気になる。んで、なんか心当たりがないかと思ってな」

 矢継ぎ早にまくしたてる朝鷹の言葉を、つばめは無言で聞いていた。口を挟む暇がなかったというのが正解だが。

「心当たり……あるよ」

「…………は?」

 ぼそっと言ったつばめに、朝鷹はワンテンポ遅れて間の抜けた顔になった。

「うん、だからあるって言ったの。亜矢子さん、自分の話し方がヒントだって言ったんだよね。それだったら、あのことだと思うけど……」

 我に返った朝鷹は、妹の肩にがっし、と手をまわすと耳打ちした。

「……それ、教えてくれ」

「……そんなに聞きたいの?」

「聞きたい」

 つばめは思案した後、にやにやと意地悪い微笑を浮かべた。

「そっか〜」

 早まったかもしれない、と朝鷹が後悔したが、時すでに遅し、である。

「そっかそっか、そんなに聞きたいの〜。でもあたしだって結構苦労して亜矢子さんから聞きだした情報だしな〜、どうしよっかな〜」

「………何が望みだ」

「え〜、望みだなんて〜。実の兄にそんなこと言えるわけないじゃ〜ん。でもそういえばふと思い出したけど、サザンクロスの新譜、出てたんだよね〜。あ〜、そういえば買わなきゃと思ってたんだっけ〜」

 朝鷹は思いっきり弄ばれていた。しかし、ここで朝鷹が情報を拒否したとしても、弱みを握られたことには違いない。結局のところ、朝鷹に用意された選択肢は、一つ以外は全て悪い方向へと向かってしまうだろう。

 彼はその選択肢を選ぶしかなかった。

「つばめ、その新譜は俺が買ってやる」

「え、いいの鷹にぃ?」

「ああ、二言は無い」

 心の中でガッツポーズをするつばめの姿が、朝鷹にはなんとなく見えた。重く長い溜息をついて、彼は喜ぶつばめにこっそり呟く。

「さ、教えろ」

「うん、いーよ」

 つばめはにこにこしながら、朝鷹に耳打ちした。

「あのね、なんで亜矢子さんが、鷹にぃのことだけ苗字で呼ぶか知ってる?」

 朝鷹は一瞬何のことか分からなかったが、すぐに気づいた。亜矢子は愁も薫もつばめも全員名前を呼んでいた。自分だけを苗字で呼んでいたのだ。

 つばめはようやく気づいた兄に、その真相を告げた。

「好きな人ほど、名前で呼ぶのが恥ずかしいからなんだって」

 朝鷹の時間が数秒、止まった。

 思考回路が復活し、言葉の意味を理解し、ゆっくりと顔を上げた。

 亜矢子と目が合う。

「どうかしましたか、南野くん?」

「…………………なんでもない」

 視線をそらすと、わき腹を肘でつつかれる。にやにや笑いを浮かべたつばめがだった。

「あはは、鷹にぃ、顔まっか〜」

「……………」

 朝鷹は温度を上げた頬を叩き、いつもよりさらに愛想の無い仏頂面になる。

 そして彼は照れ隠しと腹いせに、妹の頭をはたいた。







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