幼馴染



「なぁ、小崎」

「なんだ、大崎」

「幼馴染って、イイよなぁ。しかも女の子なら、言うことなし」

「………」

 俺は沈黙する。  多分、俺の表情はすげぇことになってると思う。何しろ、頬はひきつり、眉根には不快に皺がより、ぎりぎりと歯軋りをしている。

それを見た大崎が、まるで宇宙人でもみるような目つきで、俺を見ていた。

「……どした? お前、顔が変形してるぞ」

「……お前のせいだヨ」

 俺は両手で顔をはたくと、表情を元に戻す。そしてぎろり、と大崎を睨みつける。

「あのな、夢を壊すようだが、これは真実だ。よっく頭に刻んどけ」

 びし、と指を突きつける。

「幼馴染ってのは、ロクなもんじゃねぇ」

 そう、これは俺の経験から言える真理だ。

 これだけは自信を持って断言できる。

 ホント、ロクなもんじゃねぇ。

 

 

 俺は小崎真一。

 身長145センチの童顔で、よく中学生に間違われるが、れっきとした高校2年生である。だが俺は身長が低いことを気にしちゃあいない。無駄にデカイことに意味は無いと思っているからである。

 ヒガミじゃない、断じて。

 それに、俺にはもっと気になる……というより頭に来ることがある。

 それは、目の前にいるコイツの存在だ。

「なに? 人の顔ジロジロ見てんの」

 言っておこう。ここは俺の家である。そして俺の部屋である。

 俺は学校から帰ってきて、家に着いた。玄関を開けて、階段を上って、二階にある自室のドアを開けた。ここまでは何の矛盾も無い。

 問題は、どーしてコイツが俺の部屋のベッドに寝そべっているか、ということだ。

 一応、紹介しておこう。

 目の前にいる女の名前は氷田芹霞。

 俺の家の隣にすんでいる、同い年の女である。家が隣ということもあってか、昔からちょくちょく遊びにきていた。そう、俗に言う幼馴染というやつである。

 ちなみに、身長は154センチ。

 ……………だから、ヒガんでないぞ。

 それはともかく、何の因果か、同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学校。今まで生きてきた人生のほぼ全てを、俺はこの女と生きてきたことになる。………違う高校に進めたことに、俺はいまだに疑問を感じる。

 まぁそれは置いておいて、だ。

 俺はコイツを昔から知ってるし。コイツも俺を昔から知ってる。

 知ってはいるが……ムカツクものはムカツク。

「おい、芹霞」

「ナニ?」

「いいかげん、俺の部屋に不法侵入するのは止めやがれ」

 俺と芹霞の部屋は屋根伝いに繋がっているので、子供の頃は玄関を通ってくるより窓から遊びに行く方が多かった。だが、高校生にもなればさすがに常識というものがある。俺は玄関から入るようになった。

 だが、こいつはいつまでも子供のままだ。ふと気づけは窓から入り込んでいる。しかも留守中に勝手に部屋に入って、まるで自分の部屋のように振舞うのだ。ちなみに今も、俺の買いだめしておいたポテトチップスを無断で食ってやがる。財布が毎月貧困な俺にとって、非ッ常に許しがたい。

 芹霞は身体を起こすと、ベッドの縁に腰掛けて両足を組んだ。

「なんでー?」

 首をかしげて聞いてくる。本当に不思議がっているようだ。

 俺は殴りたくなる衝動を抑えながら、説き聞かせる。

「あのな、俺だっていい加減ガキじゃねーんだ。プライベートの一つや二つあるんだよ。いつまでも勝手に進入されたんじゃ、迷惑なんだよ」

 俺の言葉に対し、芹霞は何故かあはは、と笑う。

「いまさらだねー。あたしとシンに、隠し事なんて必要ないでしょ」

 俺はあきれたように溜息をついた。

 コイツは年齢的には高校生だっていうのに、警戒心ってのがカケラもない。警戒心だけじゃない。精神面でどうにも幼すぎるのだ。

 その証拠は、コイツの格好にもあらわれている。

 おそらくは部屋着なのだろう。必要以上に短いタンクトップに、ホットパンツ。いや、別に何を着ようと本人の自由だが、俺は思春期を謳歌する健全な男子高校生である。いくら幼馴染といはいえ、発育し始めた女の子が、あられもない姿で目の前にいて、なんというか…………興奮する。

 いや、違う。別にこいつが好きとかそういうものではなく、なんというか正常の反応と言うか、別にどうということはないというか、しかし頭はそのことを考えてしまうというか、いやだから……。

 ……頭が痛くなってきた。

 しかしこいつは、そのことに気づいていない。無警戒というか、恥じらいがないというか。ここは一発、きちんと言ってやらないとな。

 俺は大きく咳払いして、芹霞に告げる。

「いいか。お前もそろそろいい大人の仲間入りをする年齢だ。それは分かるか?」

「分かるよ」

 素直に芹霞が頷く。

「だからだ。お前もいい加減、大人の付き合いを知るべきなんだ」

「ナニ? 大人の付き合いって」

「つまり、常識を知れってこと」

 俺はびしり、と指を突きつける。

「男の部屋に勝手に入って、そんな格好でくつろぐよーなお前には、それが致命的に欠けてる」

 その言葉を聞いた芹霞は、きょとん、とした顔で俺を見ていた。

 そして、何故か笑い出した。

「だーいじょーぶ。シンの前以外じゃ、こんなカッコしてないって。いちおー、あたし学校では清楚なオトメで通ってるんだから」

 清楚なオトメ………。

 少なくとも、俺の前でけたけた笑っている姿に、そんなものはカケラも感じられない。

「嘘だろ」

「ホントだって」

「信じらんねー」

「信じてよー」

 子供のように足をばたばたさせる芹霞。

 ………本ッ当に恥じらいゼロだな、コイツは。

「だったら、証明してみろ。その清楚なオトメなお前を、俺に見せてみろよ」

「ヤダ」

 俺は即答した芹霞に、目が点になった。

 そんな俺に、芹霞が二の句を告げる。

「だってさ、疲れるんだよ。清楚なオトメを演じてるのって。シンの前くらい、素のあたしでいたっていいでしょ?」

 俺は頭を抱えて芹霞を見る。当の本人はにこにこと笑っているだけだ。

「あのな、俺だって男なんだ。目の前にすっげー薄着の女がいたら、対処に困るんだよ」

「ムラムラするってこと?」

「……………」

 まことに恥じらいの無い女だ。

「別にいいけど」

 芹霞が小さく呟いた。

「は?」

 聞き返した俺に、芹霞はとんでもないことを口走りやがった。

「シンだったら、別に襲われてもいーよ」

「……………………………はぁ」

 海よりも深い溜息が、俺の口から漏れてきた。

 駄目だコイツは。

 言ってもムダってことはこういうことだと、嫌々ながら認めるしかない。

「…………もーいーや。勝手にここに居てくれ」

「最初っからそういえばイイのに」

 芹霞はにかっと笑うと、再びベッドに寝そべった。

「…………………ちゃんとした服着てこい。でないと追い出す」

 芹霞は「はいはい」となげやりに呟きながら窓から自分の部屋に戻った。

 やっぱり駄目だ、コイツ。

 

 

 

「で、その後は」

「何にも。一緒にいただけ」

「うーん………あいつも相当なニブさだな」

 眉間に皺を寄せて悩んでいたのは、大崎稔。

 その対面に座っていたのは、氷田芹霞。

 彼らは街中のファミレスで向かい合っていた。学校の違う彼らが休日に逢うつながりは、一つ。

 小崎真一である。

「別に女に興味が無い、って訳じゃないんだろうが……なんなんだろうな」

「あたしは、幼馴染だからね」

「あいつにとって、氷田はそれ以上に見れないってコトか。ガキっつーか意固地っつーか」

「あはは」

 芹霞は苦笑した。

「笑い事じゃねーだろ。どーすんだよ? このままでいい、ってことはないんだろ」

「まぁ、いまはこれでイイよ」

 芹霞はコーヒースプーンを咥えた。

「いまはね」

 にこりと笑う芹霞。

 その表情に、今度は稔が苦笑した。

「ま、いろいろ大変だろうが頑張ってくれ」

「ありがと」

 二人は笑顔をかわした。







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