「嫌」
「ぐはぁ、痛い……痛すぎる……。でも、そこがいいんだよなぁ」
「勝手にして」
「おーい、まてまてー。俺を突き放すなー」
こんな光景がすでに当たり前と化しているほど、私と彼は何回となくこのやりとりをくり返してきた。彼もよく飽きずに続けていると思うが、私もよく飽きずに相手にしているなと思う。なにしろこれが毎日、しかも入学式の時から続けてられている。すっかり学校の名物となっているのはいうまでもないと思う。
けど私は、不思議と彼を嫌いになることはなかった。なぜそう思うのかは分からない。分からないからこそ不思議になってしまう。
誰か答えを教えてくれたらいいのに、と思うが、それが無理なのも分かっていた。
絶え間なく愛(?)を語ってくる彼の声を背中に、私は溜息をついた。
「ねぇ鏡花ぁ。いいかげん華山くんと付き合ったら?」
昼休みに弁当を囲んでいる時にそんなことを言ってきたのは、友人の浅川夢那だった。
「え?」
「え、じゃないわよ。だから、いいかげん華山章一くんとお付き合いしたらいかが? って聞いてるの」
「どうして?」
私は素直に聞き返す。彼女はおおげさに溜息をつくと、箸で私を差す。
「あんたね、いまどきいないわよ。フラれ続けて、それでもあそこまで本気でアタックし続けられるやつ。希少価値バツグンのレア物よ。天然記念物指定」
「で?」
私は玉子焼きを口に入れた。
「あそこまで熱烈に告られてさ、少しは『あたしの為にここまでしてくれるんだ』とか『この人本気であたしのこと好きなんだ』とか思う気持ちはないの?」
「そう思うけど」
「だったらなんでよ?」
夢那は心底不思議そうに首をかしげる。
「だって、私は彼を愛すことができないもの。だから何も出来ない」
「うっわ、なんかさらりとすごいこと言ってるわねー……。でもさ、嫌いじゃないんでしょ、華山くんのコト」
言われて考えてみる。多分、嫌いではないと思う。
「嫌いじゃないと思うわ」
私の言葉を聞いた夢那は、先程と同じく箸を突きつけてきた。ただ箸の先にウインナーがついていたので、迫力に欠けた。
「じゃあ、華山くんの気持ちを聞いてみなさい」
「華山くんの?」
「そう。相手のことを知らないと、好きになる・ならない以前の問題でしょ。だから、あんた達にはきちっと話しあう機会が必要だと思うの」
なるほど。一理あるかもしれない。
そういえば、私は彼と毎日のように会って会話していたけども、じっくりと話したということはなかった。考えてみれば、私は彼を知らなさすぎる。
「わかったわ。彼と話してみる」
私がそういうと、夢那は箸に刺さっていたウインナーをほおばった。
「オッケー。じゃあセッティングはあたしにまかせてねぇ。無理矢理にでもアポとっておくからさ」
「お願いするわ」
ともかくこんな感じで私は、華山くんとじっくり話し合うことになった。
もしかしたら、彼と話すことで、自分のもやもやとした気持ちがはっきりするかもしれない。そんな淡い期待も胸のどこかにあった。
待ち合わせは放課後、私の教室ということになった。いま、私以外の誰も教室に残ってはいない。残っていないというか……夢那に追い出されてしまっていた。
「今日は鏡花の運命の日なの! わかったらさっさと出ていけぇー!」
そんなことをいっていたような気がする。
待ち合わせの時間は午後5時。ちょうど夕焼けの色に景色が染まっていく頃。
時間ぴったりに彼が教室のドアを開けた。窓際の席に座っていた私に近づいて、
「や、鏡花。話ってなに?」
そういうと、隣の席に腰掛けた。
「別にたいしたことでは無いんだけど……」
いざ切り出そうとなると、なぜか緊張してしまった。そんなことは気にした様子もなく彼はにこにこと笑って私を見ていた。
私はゆっくりと息を吸って、言った。
「華山くんは、私のどこが好きなの?」
そう言われた彼はきょとん、としていた。その後腕組みをしてなにやら考え込む。うんうん唸ること数秒。
彼は頭をかきながらこう答えた。
「どこか、って聞かれるとわかんないなぁ」
今度は私がきょとん、とする番だった。彼は「うーん」と唸りながら続けた。
「なんていうか……俺はさ、いいところもわるいところも全部ひっくるめて鏡花が好きなんだ。よくいうじゃん。『優しいところが好き』とか『かっこいいところが好き』とか。そーゆーのって相手の一部分しか好きになってない、ってことじゃないのかな? そんな風に思ってるから、俺はどこが好き、なんて答えられないんだ」
彼のその言葉に、私は彼がすごく純粋なんだと思った。
どこまでも真っ直ぐな素直さ。
誰もがいつしか無くしてしまうそれが、彼にはあった。
「でも、きっかけはあったんでしょう。私を好きになったきっかけが」
彼はふたたびうなって考え始めた。そしてリプレイのように頭をかきながら、
「………忘れた、ワリィ」
彼は照れ隠しに笑った。私は聞こえない程度に溜息をついた。
「まぁいいじゃん。いま俺が鏡花を好きだってことは変わんないし。んじゃ、であった瞬間もう好きだった、ってのでいい?」
彼の中の「私を好き」という事実はどうあっても変わらないらしい。
もし「嫌い」な理由があっても、彼はその事実を捻じ曲げて「実は好きの裏返し」というふうに持っていくだろう。きっとそうするに違いない、と思った。
そう思うとおかしかった。私はくす、と小さく笑った。
「あ、それだ!」
彼がいきなりすっとんきょうな声をあげた。
「なに?」
「それ、その顔!」
彼は私の顔を指差していた。
「いつもは日本人形みたいにすましているのに、すっげーいい顔で笑うんだよ。俺のきっかけはそれだよ。鏡花の笑顔にやられたんだ」
「………最後の台詞、すごく恥ずかしいと思う」
「いいじゃん。笑顔の綺麗な子は幸せになれるよ。………多分ね」
あくまで彼は前向きらしい。
そう思うと無性におかしくなって、私はもう一度笑った。
翌朝。
彼はいつものように走りよってきて、声をかけてきた。
「おはよう鏡花! 今日こそは、俺と付き合ってくれ!」
「いいわ」
その一言以外は、いつもと同じ朝だった。
「………………………………え?」
彼のぽかんとした表情がおかしくて、私はくす、と笑った。