中庭



『浅鷹? あーさーたーかー?』

「………何だ夢那か。俺の神聖な睡眠を邪魔するな」

『どうせ徹夜でゲームでもやってたんでしょ?』

「なんでそう思う?」

『あんたほど勉強が似合わない奴もいないからね』

「…………」

『あ、怒った?』

「……別に。ところで何の用なんだ? 無意味に起こしたとか言ったら、俺は即座に寝るぞ」

『ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど』

「…………またか」

『何か言った?』

「何でもない」

『ほら、座った座った』

「………どうして自分の隣を勧めるんだ?」

『だって、座った方が楽でしょ? ベンチは一つしかないしさ』

「断る。カップルの真似事をする気は無い。それに立ったままでも話は出来る」

『強情だよねー、浅鷹くんは。実はそこがモテる秘訣だったり?』

「それとこれとは話が別だ。ところで俺に何の話があるんだ」

『あ。えーと………なんだったっけ?』

「……………帰る」

『ああ、ウソウソ。冗談。覚えてるってば』

「……………本当か?」

『ホントホント』

「じゃあさっさと話してくれ。俺は眠りたいんだ」

『あのさ浅鷹。人間ってどうして恋をするのかな?』

「……………はぁ」

『なんで溜息をつくかなぁ』

「俺はいつのまに恋のお悩み相談所になったんだ? 少なくとも俺はなった覚えは無い」

『別にあんたに恋愛相談しようなんて思わないってば。ただ、あんたって人とは違ったものの見方してるらし

いじゃない。そんな浅鷹の意見を聞きたいと思ったわけなの』

「誰がそんなこと言ってるんだ?」

『拓海くんに聞いたの。なんだか見事に悩みを解決したそうじゃない』

「事実が歪曲してるみたいだな。俺はなにもしてない」

『謙遜? クールだねー』

「……………帰る」

『待った。その前にあんたの意見を聞いてから。でなきゃ帰さない』

「……………ったくよぉ」

『ん、素直でよろしい』

 

 

「人間が恋をする理由は一つだ」

『それは?』

「子孫を残す為」

『身も蓋もないねー』

「そんなもんだ。出会って、恋をして、深い仲になって、セックスして、子を成す。恋愛感情ってのは、それ

をスムーズに行う為の潤滑油みたいなもんだ」

『えらく冷めてるよね、あんたの言い分って』

「よく言われるな」

『じゃあさ、嫉妬っていう感情はなんであるの? 他人を妬む感情なんて無い方が良いじゃない』

「嫉妬ってのは、極端な愛情表現さ」

『え? 相手を憎むことが愛情表現なの?』

「考えてもみろ。好きでもない相手が誰と付き合おうが何しようが別に気にならんだろ? 裏を返せば、嫉妬

って行動事態が相手を想っているって証なのさ」

『ん。なんとなくダマされてるっぽいけど、そのとおりかな』

「無駄に複雑なんだよ、人間の恋愛ってのは」

『確かにフクザツだよねー。他の動物は恋の悩みなんてものは、きっとないよね』

「ないだろうな。人間以外の動物の愛情表現はストレートだ。なぜなら彼らのは、単純に子孫を残す為だけの

求愛行動だからな」

『そっちの方がラクなのかな?』

「どうだろうな。面白みがなくなるかもしれない」

 

 

『どうしてさ、人間は恋に悩むわけ?』

「人間ってのは複雑な心があるからな。恋愛の中で一番肝心なものが見えてこないから、悩んだり迷ったりす

るんだよ」

『肝心なもの?』

「証拠さ。自分が相手を好きなのか、相手は自分を好きなのか。そのどちらも確かめる術がないから悩むのさ」

『え? それってヘンじゃない。相手が好きだから付き合うんでしょ?』

「違う。恋愛の多くは、その気持ちを確かめるために行うのさ」

『んー? むぅうう……』

「分からないか?」

『ううう』

「もうちょっと噛み砕いて言おうか。人間は、他人の心を読む事はできないよな。例えば、今俺が何を考えて

いるかなんて、夢那にはわからない」

『そーだね』

「逆を言えば、夢那が何を考えているかも、俺にはわからない」

『分かったら逆にコワイよ』

「そういうことだ」

『へ?』

「自分が相手を本当に好きなのか。その気持ちはどうやって確かめたらいい? 自分で好きだって思っていて

も、実は友達関係として好きなのかもしれない。また逆も叱りだ。相手が自分を本当に好きなのか。その証拠

はどこにもない」

『言葉で言われたらダメなの?』

「言葉は駄目さ。事実を簡単に曲げてしまう。自分を傷つけないためについた嘘だという可能性もある」

『浅鷹の言い方だとさ、付き合ってる人たちはみんな互いに思いが通じ合ってないってことにならない?』

「なるな。でもそれは逆の可能性も示しているぞ」

『逆?』

「解りあいたいから。より互いを知りたいから、人は恋愛するんじゃないのか?」

『そりゃそうだけどさ』

「だから人間の恋愛ってのは、すぐに求愛行動に移れないのさ。相手を十分に知って、互いに好きあってるこ

とが分かって、この人なら大丈夫って確信がとれてようやく愛を告げるんだ。獣みたいにシンプルじゃないか

らな」

『なるほどねぇ』

「言っておくけど、俺の言うことを鵜呑みにするなよ。あくまでこれは俺の独断と偏見だからな」

『わかってるよ』

 

 

「後はもう何も無いな。じゃ、俺は教室で寝る」

『あ、待って。最後に一つ』

「………まだあるのか」

『これが最後。ねえ、ファーストキスってさ、レモンの味がするって本当?』

「………何を聞くんだ、お前は。んなもん嘘に決まってるだろうが」

『えー? だってそういうふうに聞いたよ、あたし』

「嘘だっていってるだろ。だいたい人間の唇がレモン味なわけねーだろが。まぁレモンキャンディでも舐めて

れば話は別だがな」

『じゃあなんでレモンの味なんて言われてるの?』

「ていうか俺に聞く前に実践してるだろ、お前」

『してないよ』

「は?」

『だから、したことないって』

「キスしたことねーってのか?」

『ないってば。付け加えると、あたし処女だよ』

「なに!!?」

『あ、それってすっごい失礼なんだけど。あんた、あたしをどんな目でみてたの?』

「いや、ここでは伏せる」

『なんで』

「血の雨が降るからな」

『………降らせよっか?』

「謹んで辞退する」

 

 

『で、話戻すけど。なんでレモン味なわけ?』

「………考えるのも馬鹿らしいけどな、一応俺の考察を述べる」

『うんうん』

「ファーストキスってのは、初めてする行為のワケだな」

『そーだね』

「つまりまだ、その方面においては青臭いガキな訳だ」

『だね』

「だからじゃねーか」

『だから?』

「良くいうだろうが。青春時代だかの思い出は甘酸っぱいってよ。ガキのやるよーな乳臭い行為は、他人が見

てて甘酸っぱいよーな感触を覚えるんじゃねーか?」

『なんか適当だねぇ』

「こんなことを真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しいんだ」

『じゃあさ、こういう説はどう? キスってのに慣れてないから、後で思い出すと失敗(酸っぱい)みたいに

駄洒落てるとか?』

「……………寒いな。いつのまに冬になったんだ?」

『………すっごいムカつくわ、あんた』

 

 

「どれ、そろそろ本気で帰るぞ」

『あ、ねーねー浅鷹』

「………今度はなんだ」

『キスさして』

「……………………」

『確かめようよー、どっちの説が正しいか。ね?』

「…………勘弁してくれ…………」







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